「本当に? 本当にもう、帰っちゃうの?」
透子は心の手を握りながら確認してくる。これでもう何度目だろうか。
あからさまに『帰したくない』という態度だ。
三人で食事を終えて、その辺りを適当に小一時間ほどぶらついた。
心はけっきょく、ラーメン一人前を食べきることも出来なかった。
清十郎が、その残りを食べてくれた。彼の様子はなんだか嬉しげに見えたが、気のせいだろう。
ぶらつく間にも、久しぶりにたこ焼きなども食べたが、それもほとんど彼の胃に納まった。
まだまだ明るいが、時間的にはもうすっかり夕方だ。
「ごめんね。男の時みたいに、外泊するわけにはいかないから。姉さん達、心配するし……」
「でも、もう少しだけ…ダメ?」
「このあと、約束があるんだ」
「約束?」
これまで黙っていた清十郎が、会話に加わってくる。
「うん、友達と会うことになってる」
「友達って? 百合ちゃん?」
透子は、百合と面識がある。心の友人といえば、彼女くらいしか思いつかなかった。
「ううん。今の、この身体の友達。高校の、クラスメイト達…元だけど」
「ひょっとして、男の子……とか?」
悪戯っぽい笑顔で透子はいう。
「何ぃ!!」
清十郎が声を荒げる。
「違うよ……みんな女の子――どうして? 清十郎」
「そうよ! なんで清ちゃんが、そんな風にいうのよ!!」
「お前が妙なこというからだろうが……」
「何が妙なことよ? 心ちゃんに自分以外の友達ができたら、気に入らないの?」
「…莫迦いうな」
清十郎はそっぽを向いて黙ってしまう。
{分かり易いわねぇ……そこが良いところなんだけど♪}
「じゃあ、送るわ。きちんと、目的地まで――ね? 清ちゃん」
「――ん。ああ」
あっさりと、清十郎は承知する。
「え、でも、悪いよ」
清十郎が住んでいるところは、心の住むA町よりもずっと都内よりだ。
朝に待ち合わせた、例のクールベのあるB市をはさみ、さらに都内よりのD市に住んでいる。
これから心が向かうのはI学園の最寄駅。そこはB市の駅から一つ下ったところだ。
心の家の最寄駅から、ちょうど一駅の地点にある。
そして清十郎の最寄駅からだと、三駅も下ったところになる。各駅停車を用いると更に面倒だ。
要するに、心を目的地まで送ると、わざわざ往ったり来たりの遠回りをすることになる。
「いいから、ね? 私たちがそうしたいだけ。気にしないで」
笑顔でそう言われてしまっては、心には断る理由もない。素直に厚意に甘えることにした。
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電車はちょうど、早い時間の帰宅ラッシュが始まったところで、とても混雑している。
車内のドア付近のスペースに三人はいる。
「ね? やっぱり、清ちゃんがいて正解だったでしょう」
「……うん」
心と透子が抱き合い、清十郎がさらに二人を抱き締めるかたちだ。
彼が人ごみからの壁になってくれるおかげで、心はずいぶん楽ができる。
もし心が一人だけだったのなら、今の華奢な身体でどうなってしまったか……想像したくもない。
押し潰されて、窒息すらしかねないだろう。
「そういえば……気になってたんだけど。心ちゃん、どうして今日、こんな暑苦しい格好なの?」
透子が、急に思いついたように訊ねてくる。
今日の心はレザーパンツに長袖の白いシャツ、ワークブーツまで履いている。
7月も半ばだというのに、この格好は確かに暑苦しい。
「あ、それは……清十郎が、分かり易いかなって、そう思って……」
もじもじと恥ずかしそうに、心は答えた。
男のときにもっともよく身に着けた、お馴染みの格好だったから……そういうことだ。
「――かわいい!! ちょっと清ちゃん、聞いた? なんて健気なの、心ちゃんたら、もう♪」
透子は心を抱き締めると、額にキスを見舞ってくる。
清十郎はぼーっと、心を見つめている。よく見ると何だか顔が赤い。
「二人とも、なんか変――ひあ!」
不意に清十郎の手が、心のお尻に触れた。
「すまん。わざとじゃない、許してくれ」
誰かの手が、引っ込むのが見えた。
(いまのって、もしかして?)
誰かが心のお尻を触ろうとしていた。それに気付いた清十郎が――阻止した。
(痴漢? 守ってくれた?)
「清十郎、あの……ありがとう」
頬を微かに染めて、上目遣いに、心は清十郎を見つめる。
「……ん。いや、約束したろ。守ってやるって、な」
{心、可愛いなぁ。帰したくねえ。このまま、持ち帰りてぇ。透子と三人で、一緒に……}
やさしげに見つめ返す清十郎。
「でも、これはもう余計なんじゃない?」
「痛っ!」
いまだに、心のお尻に触ったままだった清十郎の手を、透子がつねった。
「透子ちゃん…お姉ちゃんも、ありがとう」
くすりと可愛らしく笑って、心は透子に抱きつく腕に、きゅっと力を籠めた。
「当然よ。約束ですもの、ね?」
透子も笑顔で応える。
「約束ってなんだよ?」
「女の子でいる間は、心ちゃんは私の妹なの……ね?」
「うん」
にこやかに、心は答えた。
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「またね? 今度はもっと、たくさん遊びましょうね?」
名残惜しそうに、手を振り続ける透子。清十郎は黙って微笑んでいる。
心も応じて手を振り返す。
「またね」
「――おう。またな」
二人はわざわざ、改札口まで送ってくれた。
(なんか……本当に、子供あつかい)
待ち合わせ場所に急ぎながら、心はちょっとだけ、そのことが不満だ。
(でも、いいや。やさしく…してもらっただけ、だよね?)
ふと、清十郎に、そして透子にされたことを思い出す。
身体が、熱い。顔が、みるまに真っ赤になってしまう。
(あんな…こと、あんなこと……)
恥ずかしい。すごく、すごく恥ずかしい。人ごみの中で、立ち止まってしまう。
(あ、あ……こんなところで、はやく、行かなきゃ)
こんな人通りの多いところで、自分はいったい、何をしているのだろう……?
そう考えると、余計に気恥ずかしくなってくる。
周りの人々の視点で、いまの心を見てみると――
小柄で華奢な女の子が、街中でふいに立ち止まった。
少し気になって、よく見てみると、まるで人形のように整った顔立ちをしている。
その可愛らしい顔を真っ赤にして、もじもじしている。
何か困ったことでもあったのだろうか? 声をかけてあげるべきだろうか?
しかし、妙な人だと思われるのは、困る。
それにしても……見れば見るほど可愛い娘だ。
何だか頼りないし、やはり、声をかけて……おや?――
「ひぁあっ?!!」
いきなり背後から、抱きつかれた。心は悲鳴を上げてしまう。
「いよう! 姫っち、元気か?」
「妹尾さん…」
待ち合わせた相手の一人、妹尾 佳奈美だった。
「どうした? 何だか変だよ? なんか緊張してない?」
抱きついたままで、佳奈美は聞いてくる。
「そんなこと、ないよ。あの、放して……」
「む? これは!」
「あ、ん…んあ、何するの、やめてよ」
佳奈美は、心の胸をむにむにと揉み始める。
「これは、これは大きくなってる! 姫っちの胸が大きく――はっ、そうか! だからだな? さっきから道のど真ん中で、もじもじしてたのは……野郎どもの不潔でいやらしい視線に、耐えられなかったんだな? くそぅ! 可愛い姫っちをよくも、よくもぉお!!!」
普段から大きな声を、さらに張り上げて莫迦なことをいう。
周りの注目を一気に集めてしまう。
「あの? あの? やめて…やめてよ」
「――ええい、お前ら、男はこっちみるなぁ!! この助平どもが!!」
すぱんっと。小気味良い音を立てて、佳奈美の頭が叩かれた。
「――黙れ。お前が一番いやらしい、うるさい、恥ずかしい、迷惑だ」
佳奈美を心から引き離す。心の頭を、優しく撫でてくる。
「もう大丈夫だよ。久しぶり、姫」
「久しぶり、青樹さん」
青樹 早苗だ。
「…? あのバカの言う事も、たまには合ってるな――いつも通り、早苗でいいよ。学校やめたって、私らは友達だろう?」
「そのと〜〜り!」
「……うん。ありがと、早苗ちゃん、佳奈美ちゃん」
微笑みながら、心はこたえた。その笑顔に、二人は見とれてしまう。
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「ほーら。やっぱり女の子だったじゃない。心ちゃんが嘘なんて言うはずないもの」
「……ああ」
{あのガキぃ!! 心の胸を触りやがって、あんな風に、もみもみしやがって……いつか犯してやる}
「何よ、怖い顔して……清ちゃん、あの子に焼きもち?」
「違う」
心を見送ったあと、清十郎と透子はこっそり後をつけてきていた。
二人とも、どうしても心のことが心配で、我慢ができなかったという訳だ。
「ふーん。で? どうするの? まだ続ける?」
「いや、もういい。帰るぞ――今日は家に来い」
「じゃあ、夕飯のお買い物していこうね」
「ああ」
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「でも、どうしてあんなとこで、ぼーっとしてたんだ?」
三人で待ち合わせ場所に向かいながら、早苗は訊ねてくる。
「何でもないんだ。ちょっと、久しぶりの外だから……」
「ふーん」
うつむいて、静かに答える心に、それ以上は詮索する気が失せてしまう。
ただ、この娘を眺めていたい。早苗は、そんな気になってしまう。
「ねえねえ? それで、胸はどうよ? 大きくなってるんだろ?」
そういう心情というか、風情とか雰囲気をまるで気にしないヤツもいる。
佳奈美だ。彼女は心の胸が大きくなったのかが、気になって仕方ないらしい。
そういえば彼女も、心と同じように胸が小さい。痩せ型で、見るからに活発な印象だ。
身長は心よりは高い。平均より少し低い、といったところだ。
「……ちょっと、だけ」
このままでは収まりがつかないと判断して、心は一応、答えることにした。
「ちょっとって、どれくらい? 私にだけでいいから」
「あの、ね……」
耳元で囁く。
「ふーん、なるほど。ありがとね――危ないところだった。もう少しで姫っちに抜かれ……まてよ!
もしかして、入院したことに成長の秘密が!!」
また大声を張り上げる。
「五月蝿い! バカ!」
まるで約束事にでもなっているかのように、早苗が佳奈美の頭を叩いて止める。
そんな様子を見ていて、心は笑ってしまう。
「元気になったな」
「――え?」
「どうよ? このカナちゃんの見事なボケは? 姫っちもすっかり元気に!」
「お前は本当に少しで良い、黙れ……」
「二人とも、ありがとう」
自分――『心』に、こんな風に気遣ってくれる友人達がいることが、ありがたかった。
同時に少し羨ましい。友人の数で、自分は『心』に負けている。
それに彼女等は、『心』の中学時代からの友人だ。そのころ自分には、百合しかいなかった。
自分にだって、清十郎が、透子が、そして百合がいる。
だが、少しだけ違う、言葉そのままではない意味で『羨ましい』と感じてしまうのだ。
――けれど、今は……
「あ! おーい、赤名ちゃーん、たまちゃーん!」
佳奈美が声を張り上げ、手を振りはじめる。
向こうで、赤名と環が手を振って応じる。
そうだ、今は佳奈美が、早苗が、赤名がいる。
そしてなにより、
(環がいる……ボクの、恋人)
この二週間で何度も、心と環はメールをやり取りしている。さらに何度か、遊びにも来てくれた。
おかげでかなりの量の、友人達についての情報を得ることができた。
それだけではない。
心はときおり、『知らない記憶』を『思い出す』ことがある。
女の子になってから日の経つごとに、どんどん頻度が上がり、記憶が増えていく。
それは『心』がごく幼い頃の記憶であったり、つい最近の記憶であったり、様々だった。
だいたいは、その時いっしょにいる人物との思い出が、不意にこころに浮かんでくる。
当然、恋や愛との思い出が多い。だがそれに次いで、環との思い出がほとんどだった。
本当にいつも、ずっとずっと『心』の側には彼女がいてくれた。
いまはもう、まるで他人という気がしない。
つい最近まで、男だった時には、彼女の存在すら知らなかったはずなのに……
「――環!」
心は環に駆け寄り、手を握り合う。
「心くん、会いたかった……」
メールをやり取りして、二人は決めていた。
これからはお互いを、いつどこであっても、二人きりの時と同じように呼び合うことを。
もとより誰にも、そして何も恥じるところなどないのだから、そうするのが自然だと考えたのだ。
つい三日前にも会ったばかりなのに、二人はまるで長年引き離されていたかのようだ。
熱っぽい視線で、お互いを見つめ合う。すでにまわりなど、目に入っていない。
男の時の、心の好みのタイプとは違うのだが、そんなことは問題ではない。
心自身にも、どうしてなのか分からない。ただただ、彼女が愛しい。
「ボクも、会いたかった」
心は潤んだ瞳で見上げながら、環を抱き締めた。
清十郎が見たら、どのような反応をするのだろうか?
「……うーん。すっかり二人の世界だな」
佳奈美もさすがに、からかう気にもならないらしい。
「まあ、そっとしておいてやろう。邪魔するのは……無粋だ」
微笑ながら、二人を見つめて早苗はいう。そんな彼女は、随分と大人っぽく見える。
「んじゃあ、私らも――ん」
「なんのつもりだ?」
瞳を閉じて、唇を突き出した佳奈美を、早苗は冷たく突き放す。
「いいじゃん、ケチ……それとも、照れてる?」
「バカ」
自ら冗談を言っているくせに、佳奈美は真っ赤になってしまう。
そんな彼女の額を小突きながら、早苗の頬も赤く染まっている。
「…………」
赤名だけが一人で、少し淋しそうだ。
***********************************************
「んで、とりあえず、この試験休みをどうするか? これが問題なわけよ、ね?」
駅前のファーストフード店。窓際の席に陣取っている。
5人はそれぞれ、適当にオーダーした品物をパクつきながら、顔を見合わせている。
心を除く彼女ら4人は、ちょうど今日で一学期の期末試験を終えたところなのだ。
明日から土日を合わせて、火曜日までの四連休になる
それで心を合わせて5人でどこかに遊びに行く、その相談をするために集まったというわけだ。
「まあ、後に控えてるのは夏休みだし。適当でいいんじゃないか?」
「っても、あの『鼠野郎』のいるところはもうイヤ」
うんざりといった表情で、佳奈美はいう。
「お前、鼠野郎って…… まあ、確かにあそこはもう厭きたよなぁ」
「中等部のころからさんざん行ったし〜」
「そうなの?」
赤名がようやく会話に入る。彼女はしゃべるのがあまり得意ではない。心に近いタイプなのだろう。
「近いからねぇ、ちょくちょく行ったのよ」
手をひらひらさせて、いかにも『厭きました』といった感じで佳奈美は答える。
「そうね……中等部に上がったばかりのころ、初めて4人でいったのもあそこだったね」
環が懐かしそうに言う。
「そうなんだ……」
赤名はやはり寂しそうだ。
「……あそこでも、いいんじゃないかな? 忍ちゃんは初めて一緒に行くんだし、ね?」
とりなすように、心は口をはさんだ。『初めて』という部分を、半ば自分自身に重ね合わせて……
ちなみに忍とは赤名のことだ。
多少の記憶を『思い出した』とはいえ、心は本当には、彼女等のことを知らない。
今回のことで皆と打ち解けられるなら、それは願ってもないことなのだ。
「でも、それより、ほんとにボクも一緒でいいの? だって……」
「いいに決まってんじゃん! 何を言っておるのかね、君は?」
わざとふざけた感じで佳奈美は即答する。
「そういうこと。私らみんな、元々は姫が引き合わせたようなもんだろ? 学校やめたからって、それが何だっていうんだ?」
少し照れくさそうに、早苗も答えた。
「あの、あの……私も姫のこと、もっともっと知りたいから」
忍は頬を真っ赤に染めて、とても恥ずかしそうだ。
「うおおお! これはたまちゃんに対するライバル宣言かぁ?」
「「え?!」」
佳奈美の冗談に、環も忍も同時に驚く。
「黙れ。何でお前はくだらないことばかり言う」
佳奈美の頭を、早苗が叩く。もはや定式化している。
「それじゃ月曜日に、例のところで――ってことでいいよね?」
とりあえずまとめるために、心は皆に声をかける。
「おう! そんでいいや――鼠はムカつくけど」
「異論なし。鼠は無視しろ」
「私は、心くんが良いなら……」
「みんな、ありがとう」
忍は嬉しそうだ。
「まぁ、良いってことよ」
「なんでお前は偉そうなんだ? なんかムカつく……」
誰とは無しに、皆が笑い出す。
「連休の予定は決まったところで、次は夏休みだな」
佳奈美は、素早く次の話題を持ち出す。
「うむ。こういうのは早い方がいい。さっさと決めておかんと、色々と準備もあるし」
「やっぱりさあ、私らも高校生になったんだし、旅行とかしてみたいよね。私らだけで、ねぇ?」
「ああ。いいな、それ」
早苗はすぐに同意する。
「……でも、私たちだけで泊まれるところなんて」
「うん。それに、費用のこともあるし……」
環と忍はさすがに不安なようだ。
ここで心は、ふと『あること』を思い出す。
「あのさ……ボクたちだけでも泊まれるところ、こころ当りがあるんだけど」
「え! マジ?」
佳奈美はすぐに喰い付いてくる。皆も、心の言葉を待っている。
「ボクらだけで泊まるのに、親の許し以外はいらないし、いつでも、何日でも大丈夫だよ」
「――あ」
環は思い出したようだ
「そうね。あそこなら費用も交通費だけで良いし」
「ね? いいと思うんだ」
「なんだよう。二人だけで納得してないで教えてくれよ」
佳奈美が突っ込んでくる。
「あのね、K浜の海岸沿いに、うちの別荘があるんだ」
「マジか?!」
「そいつは……」
佳奈美と早苗は素直に驚いている。忍は黙ったままだ。
「同じところに、うちの別荘もあるの。気分を変えたいときは、そっちに移ればいいわ」
環はごく当たり前といった様子でいう。
心はこれまでに『思い出した』記憶と、日記の類で環の家の別荘のことは知っている。
心と環は微笑んで頷き合う。
「あそこなら、姉さんに許可をもらうだけでいいから。一夏中でもOKだよ」
「このっ、このブルジョア!! ブルジョアのお嬢様どもめ!!」
急に佳奈美が叫び出す。
「うるさい! 黙れ! 二人のおかげで、いい夏になるかもしれんのだ。だから黙れ」
ばしばしと、いつもに倍する速度で、早苗の突っ込みが容赦なく入る。
「でも、いくら姫のお姉さんが許可してくれても、うちの親達がなんていうか……」
忍は冷静に話しを引き戻す。
「確かに、親がなあ……高校生だけなんて、許可してくれなさそうだ」
落ち着きを取り戻して、早苗も考え込む。
「心くんのお姉さん達も、心くんのお泊りを許可してくれるかしら……」
環に言われて思い出す。
そうなのだ。今の自分は一人での外出すらなかなか許されない、文字通りの『箱入り娘』だ。
『あの』恋が、高校生の友達連中だけでの外泊など、許すわけもない。
「――だよなぁ……姫っちのお姉さん達は、姫っちのこと凄く大事にしてるもんなぁ」
佳奈美も、恋と愛による過保護ぶりは良く心得ているようだ。
早苗もうんうんと頷いている。
「姉さんは、下手したら、ボクと一緒について来ちゃうかも知れない」
「…いや、まて‥‥それだ!」
早苗が大声を張り上げる。
「何が?」
「だから、姫のお姉さん達について来てもらうんだよ! 保護者として」
「え……」
さすがに心は言葉が出ない。
「いい! それいいよ。グッドアイデア」
「それなら、親も許してくれるかも」
「うちの父も、心くんのお姉さんが一緒なら、きっと許してくれると思う」
みんなが乗り気になっている。
「ちょっと、待ってよぉ……ほんとに、いいの? 姉さん達が一緒なんて……ねえ?」
「いや、むしろ大歓迎だぞ? 二人あわせて6年間、ミスI学園の座に輝いたあの伝説の美人姉妹と、一つ屋根の下ですごせるなんて凄いことだ」
「ああ……お姉様たちに、美しさの秘密を伝授してもらいたい。特に胸とか、胸とか…胸」
「ほおう? まるで胸さえ大きくなれば、あとは完璧だとでも言いたい感じだなぁ?」
口元を引き攣らせて、早苗は佳奈美に詰め寄る。
「決まってるじゃん。カナちゃんは完璧なのだ。胸以外は……」
小さな胸を張って、大威張りで言う佳奈美。
「はっ! バカがなにを言う。パーフェクトビューティなら、ここに二人いるだろうが」
早苗は、心と環を示す。
「見ろ。この二人は才色兼備、さらに資産家の令嬢だぞ? 人生は勝ったも同然だ」
「うーん。確かに……」
「今年のミスはおそらく西ノ宮で決まりだ。次点は赤名だろうな」
「そんな……先輩方に、綺麗な方がたくさんいらっしゃるのに」
「環ちゃんは分かるけど、私なんか……」
奥ゆかしく謙遜する二人。しかし、軽く無視されてしまう。
「先輩方もいるが……まあ、たまちゃんで間違いないな。赤名ちゃんもかなり人気あるよな……
でもさあ、姫っちがいないのは残念だよ。姉妹三人で九年間ミスを独占できたかもしれないのに」
「うむ。それが残念だ。姫がいたら、西ノ宮との間でかなり票が割れただろうに」
「やっぱりそこで、胸はでかいのがいいと思うんだよ! 見ろって、この美乳!!」
胸を抱え、環は真っ赤になってうつむいてしまう。
「愚か者め! 姫の可愛らしい微乳を見ろ! それにこの可憐さ! 守ってあげたいだろう?」
「うぬぅ。難しいな」
「いい加減にしてよ。二人とも……」
心は止めにはいる。だが、
「ええい! 元はといえば、姫っちとたまちゃんがいけないんだ! 可愛いから」
訳の分からない言いがかりを付けられてしまう。
「気持ちは分かる。だが落ち着け」
早苗が佳奈美を止める。
こんな莫迦な話をしているが、佳奈美と早苗もそれぞれ、なかなかに可愛らしい少女たちだ。
平均的な水準よりは、かなり上と言ってよい。
それにI学園の生徒であることからも明らかだが、そこそこに裕福な家庭の子女である。
「私も、姫と環ちゃんなら、どっちに投票するか迷ったと思う」
忍も話に加わってしまう。
彼女も十分に美しい少女だ。特にそのスタイルの良さは、高校生、いや日本人離れしている。
さらに高校からI学園に来たところから、学業の方もかなり優秀であることが推測できる。
「二人とも、本当にキレイで可愛いし、優しくって、親切で、勉強もスポーツもできて……素敵」
「かなりタイプが違うけどな。でも、それぞれパーフェクトなんだよな」
「姫っちはスポーツ得意なのに、身体はあんまり丈夫じゃないのが、またそそるんだよねぇ」
「姫は悪戯な子猫みたいで、ほんとに姫って感じで……環ちゃんは聖女か、女王って感じがする」
「なるほど、マドンナか……それは良い例えだな」
「悪戯子猫ってのもね――小悪魔タイプ?」
「いや、そいつは違うだろ。無邪気な天使、いや妖精だ。だから悪戯っぽい感じがはまる」
「天使と妖精?」
「あ、それいい。それ」
二人のことはまるで無視して、話し続ける三人。
「……ねえ、心くん。私、もし心くんがいたとしたら、心くんに投票すると思うの」
「ボクは、環に投票する。できないのが残念だよ」
「心くん」
「環」
見つめ合い、手を握り合う。
「まあ、この二人の残念なところを敢えてあげるとしたら、この通りだ」
「二人とも男に興味なしだもんね。男どもは悔しがるよなぁ」
「でも……素敵。とってもキレイ」
いつの間にか話を終えていた三人が、その様子をじっと見ている。
「なんだよ……みんな」
「からかわないで……」
二人は真っ赤になってしまう。それでも、握りあった手は離さない。
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