(女の長湯とはよく言ったもんだ……)
あのあと洗顔をすませてから、もう一度湯船で温まり直して風呂からあがる頃には、せっかく気が付いたというのに心はふたたび、今度はのぼせて気を失いそうになった。
風呂からあがってしばらく、三人はバスローブを羽織っただけの姿でくつろいでいる。
(やっぱり女だけとか男だけとか、同性のみで異性のいない生活だと、こういうとこがユルくなるんだな…)
心はミルク、恋は野菜ジュース、愛は缶ビールとそれぞれ好みの飲み物を口にしている。
愛は早くも三本目の缶を開ける。さすがに見かねたのだろう、
「愛ちゃん、少し飲み過ぎよ? 太っても知らないから――」
「大丈夫!! 私って太るときは胸から大きくなるから。メートルの大台ももうすぐ!」
にやりと笑って見せ付けるように胸を突き出す。
「もう! 何よ…何よ…そうやって‥‥心配してるのに‥‥」
だんだんと恋は小声になって、黙ってしまう。
これはひょっとして『女の闘い』なのではないか? 心は妙なことを考え始めていた。
そういえば道場のシャワールームで時おり繰り広げられた、『男のプライド勝負』に似ていなくもない。
もっともアレは表立っては誰も声にすることのない、静かなる闘いだったが………
我こそはという自負を持つ者が、それとなくその存在を誇示するという地味な勝負だった。
ちなみにその勝負に、心は自分から参加したことはない。
むしろ自分のモノが人目に触れないように隠していた。自信が無かったからではない、大きすぎて恥ずかしかったからだ。格闘家としては小柄な身体に反比例するように、心のそれは兇悪だった。
最初はタオルで隠していたのだが、おやっさん(心のトレーナーは皆からこう呼ばれている)に、
「なにをこそこそやっとるか!! シャキッとせんか!!!」
と一喝されてタオルを叩き落とされてしまったのだ。その瞬間から心は『無敗の王者』になってしまった……
莫迦なことを考えている間に、愛は四本目の缶ビールに口をつけている。
(そうだった‥‥今は『闘い』とか『勝負』とか、太るとか太らないとか、胸が云々はどうでもいい。
とにかくコイツはろくな稼ぎも無いくせに、小生意気な屁理屈ばかりこねて――)
ジト目で見つめてくる心に、
「んー? 心も私が太るとかいうつもり――それとも、うらやましいの? 心のおっぱい小っちゃいもんね。
そうだ、ビール飲む? おっぱい大きくなるかもしれないぞぅ?」
「なに莫迦なこと言ってるの!! 心ちゃんは未成年なのよ!」
恋によって愛から庇うように抱きかかえられる。恋の肩口から顔だけ覗かせて愛に言う。
「いらない、別におっぱいは大きくなりたくない‥‥」
これはまったくの本心だ、今の身体がどうであれ心は飽くまで自分は男のつもりだ。
確かに最初はスタイルの良い身体がよかったなどと軽口を叩いたが、大胸筋が付くとかならともかく、自分の『おっぱい』が大きくなるなぞ考えたくもない。
もっとも付き合う相手としてならば、胸の大きな女性は嫌いでは無い、むしろ好きだ。
ここで心はパッと閃いた。
「愛姉ちゃんは、ほんとにおっぱい大きいね‥‥スタイルもきれいだね‥‥」
「えへへッ、そうでもないよ。でも四捨五入すると、もう一メートルなんだよ」
「でも‥‥太る代わりに大きくなるってことは、おっぱいは脂肪なの?」
「うっ!……まあ、そうでしょうね‥‥」
「ふーん‥‥脂肪なんだ‥‥そうか‥‥」
ワザとじぃっと愛の胸を見つめる。
「なに? なによ?」
「‥‥垂れるよ‥‥ソレ‥何もしないでいると‥‥」
愛の表情が引き攣る。どうやら反論の言葉は見つからないようだ。
その様子を見て、恋が堪え切れないといった感じでクスクスと笑い始める。
(おっしゃあ!!)
完全にしてやったりといった感じだ。朝からさんざん身体をもてあそばれた鬱憤も、これで多少は晴れた気がした。ガッツポーズの一つもとりたいところだ。
(あれ?‥なんだろ‥・・眠くなってきた‥‥)
不意に眠気がきた。心は規則正しい生活をこころがけてきたが、いくらなんでもこの時間は早過ぎる。
しかし、抗いようもなく眠い。小さな口をいっぱいにあけて欠伸する心に、恋はすぐに気が付いた。
「心ちゃん、もう眠いのね? 今日はいろいろあったもの、仕方ないわ‥‥」
手をひかれて洗面所まで行き、歯磨きを済ませる。とろんとした半睡状態で、心は疑問を口にする。
「服は?‥‥このまま寝るの?‥‥下着も着けないで?」
「ええ、そうよ。下着の圧迫感はお肌にも健康にも良くないっていうし――」
「あっ! でも胸はブラで固定して、過度の揺さぶり刺激を抑えたほうが大きくなるって聞いたわよ?
心はブラだけ着けて寝たら?」
愛はまだ胸にこだわっているらしい、懲りない娘だ。
「揺れるとこ‥ない‥‥」
心は特に考えず反射で答えてしまう。
最終的には恋に抱きかかえられ、彼女のベッドに横たえられる。
すでに心はすやすやと寝息を立てて熟睡している。恋はそのとなりに自らも横になると、部屋の明かりを消す。
常夜灯のかすかな明かりの元、心の頬に口付けをする。髪をなでながら、その横顔をいつまでも眺めている。