「ん…ぁ…」
さっきまでの強烈な快感とは違う、心地よい感覚。
「ほら、動かない。服が汚れちゃうでしょ」
姉が、僕の濡れたところをタオルで丁寧に拭いてくれている。自分が赤ん坊になったような気分だ。女の子になって以降、精神的に不安定になっているのかもしれない。
不幸中の幸いで、服の方までは濡れていなかった。
一度達した所為か、今はもう大分落ち着いてきた。まだ、下着を着けていないことと、スカートによる違和感はあるけれども、あえて意識をそらして、無視した。
「と、これで良し、と。さ、行きましょ」
姉さんは念入りに拭き終えると、僕の腕をつかむ。
「う、うん」
僕も、それに合わせて立ち上がった。
「これなんかどう?」
そう言いながら姉が見せたのは、桜色のフリルつきブラだった。ちなみに、Aカップ。
……そんなに小さかったのか。
僕は、軽くショックを受けた。
大手デパート内の女性用下着売り場。姉は、つぎつぎとブラやショーツを手に取っては、かごに入れていく。
ほとんど自分の好みで決めているようで、さっきのように僕に確認してくるのはごく稀だ。そして、確認してきたとしても、僕が何か言う前に購入を決めてしまう。
かごの中に詰め込まれていく下着は、フリルつきの割合がやたらと多い。他には、レースやらなにやら装飾過剰なものや、逆にほんの少ししか面積がないものなどがちらりと見えた。
アレを、着るの? 僕が?
ちらり、と店内に据え付けられた鏡を見やる。
鏡の中の“少女”は、助けを求めるような視線を返す。
この“少女”が白のフリルつき下着をつければとても可憐だろうし、レース地のものなどは、未発達な体ゆえに、かえってアンバランスな妖艶さを漂わせる事になるだろう、と思う。
しかし、それが自分の未来の姿だというのだから、さっさと逃げ出したくなってくる。
とはいえ、姉に弱みを握られている以上逃げる事など出来ないし、それでなくても、下着類を一切身につけていない格好で歩き回るのは、是非とも遠慮したかった。
下着を着けないと、胸が服に擦れて変な感じがする上に、下はすかすかし過ぎて、まともに歩く事が出来ないからだ。
更に、少しかがんだり高い所に上がったりするだけで……中が、見えてしまう。
「と、これでよし、と。あら、何ぼーっとしてるの。次はこっちよ」
「え、ちょっと、姉さんっ!?」
僕が、思考にはまり込んでいる間に会計を済ませてきたらしい姉は、強引に僕の腕を取ると店内を横断して行く。どうやら、行き先は服売り場らしい。
そして、下着売り場の時と同様に、次々と衣類をチェックしていく。
「えーと、とりあえずはこれとこれとこれ。さ、試着してきなさい」
ある程度チェックし終えた段階で、姉はいくつかの服を僕に押し付けると、試着室の方へと押しやる。
「え? え!? こ、ここで着替えるの?」
「当たり前でしょ」
「…………はぁ」
目の前の少女が、大きく溜息をつく。
人1人がすっぽりと納まる直方体で、正面には大きな鏡がある。つまりは、試着室の中だ。
足下には、フリルつきの白いワンピースや、レースたっぷりのフレアスカートなど、趣味的な衣類が重ねられている。ちなみに、ズボンは1つもなかった。あまつさえその上には、同じように趣味的な装飾が入った下着類が重ねられている。
「着なきゃ、駄目なんだよね…」
僕は、大きく溜息をついた。
仕方なく手をのばして、一番マシに見える白いブラを手に取る。所々縁にひらひらがついているけれども、他のものよりは大分おとなしい。
「うー」
少しだけ迷って、出来るだけ鏡の方を見ないようにしながら、そのブラを胸に当ててみる。すべすべして、意外に良い気持ちだ。
姉が気を効かせてくれたのか、胸の前に金具があるタイプだったので、初めてでも何とかつける事が出来そうだった。
かちゃり。
金具を止めると、ブラのカップが僕の胸を包んで抑えてくれる感じがする。成る程、これなら擦れて困る事はないようだ。
そして、ショーツも足下から1着取って、穿いた。ブラとおそろいの、控えめなフリルに飾られた物だ。
腰まで引き上げると、前から後ろまできゅうっとすべすべした布地に包まれる。肌触りが気持ち良かった。
そこで、どうしても気になって、鏡をちらりと見た。目が離せなくなった。
やや幼い容貌をした可憐な少女の未発達な体を、清楚な、飾り気の少ない白の下着が引き立てている。控えめなフリルが、少女の繊細な可愛らしさを控えめに主張する。
ぼくは、硝子人形のような儚さを持った少女に魅せられて、そおっと、鏡に触れた。
一瞬、この少女が僕自身だということを、忘れていた。
しかし、帰ってきたのは、冷たく、硬い拒絶。
「あ…」
はらり。はらり。
頬を、涙が伝って落ちる感触。
「あれ?あれ?」
感情までが、僕の思う通りにならなくなっているのか。
胸が、締め付けられるような感覚。体が、小さく震える。
ふわり。
唐突に、背後から婦って沸いたような柔らかい感触が、僕の体を包み込んだ。
鏡を見ると、いつの間に入ってきたのか、姉が震える体を抱きしめてくれている。
その暖かさに、気がつくと涙が止っていた。
「姉さん…」
「随分時間がかかってると思ったら……恐いのね。大丈夫よ、ちゃんと、姉さんが愛してあげるから」
「あうっ」
姉の吐息が、耳に吹きかかる。
「さ、早く着替えちゃいましょ。あんまり遅いと店員さんに怒られるわよ」
「ぅ…ん」
何故だろう。今、姉に抱かれている瞬間だけ、“女の僕”に違和感を感じなかった。