「X-MASの贈り物」

 セミダブルのベッドの片方に、薄暗がりの中からふわり……と浮き上がるような、白い体が横たわっている。
「感じている?」
 猛彦は香純の足をまたいで膝立ちをし、上半身を倒して左手をベッドに突いている。そして右手の人差し指で、触るか触らないかの微妙なタッチで彼女の体をなぞっていた。
 白のバスローブはもはや香純の体を覆っておらず、体の下に敷かれるように広がっている。彼女は顔を両手で隠すようにしながら、猛彦が自分の体を指でなぞるのを見ないようにしている。
「そ、そんなこと、言えない」
「ということは、感じているんだね。ところで、香純はAカップだっけ?」
「……Bだよっ」
 どこか恥ずかしそうに反論してから、香純は見事に誘導尋問にひっかかった事に気がついた。
「別に、いいだろ。胸のサイズなんか」
「その割には僕のこれについて、ずいぶん詮索してたみたいだけど?」
 顔から手を外して猛彦を見た香純は、馬乗りになって自分の股間を指差している彼の指先にある物を見て真っ赤になり、頭の横にある枕をぶつけた。
「そんなもん、プラプラさせるなよっ!」
「いや、だって僕は男だし。可愛い女の子の裸を前にして萎えている方が変だと思うけどな」
「ずるいぞ、お前。なんでそんなに大きいんだよ」
「そうかな? 大きさはあまり関係ないと思うけど」
 とは言うが、実際の所、猛彦のそれは平均よりもかなり大きい。香純が両手で握り締めても、先端が顔を出しそうなくらいだ。
「とにかく、それ、なんとかしろよ。そんなの、入らないって。絶対!」
「大丈夫だよ。だから今、こうやって……」
 猛彦が下半身に右手をやり、サーモンピンクの秘唇をつるりと撫でた。
「ひやっ!」
 香純が奇妙な声を上げて身をよじる。
「うんうん。感度良好。ほら、もっと足を広げて」
「猛彦ぉ……。お前、絶対性格変わったぞ。前はもっと紳士的だっただろうが」
「可愛い女の子の前だと、獣になるんだ。僕は」
 暗がりの中にあっても香純には微笑む彼の顔がはっきりと見え、胸の鼓動が激しくなるのを押さえる事ができない。
「けっ……ケダモノだったら、さっさと触っちまえよっ」
 香純は顔を横に背け、伸ばした脚をかかとが腿に付くまで閉じ、ゆっくりと足を開いた。見ようによっては、赤ん坊のおむつを替える時のポーズに見えないこともない。猛彦は、思いもかけない香純の扇情的なポーズに、体調の不調ではない目眩を感じた。
 これで理性を保っていられる方が不思議だ。
 猛彦は指では我慢できず、股間に直接顔を持っていって、薄い恥毛に翳る、もっとも秘めやかな場所に直接口付けた。
「やぁんっ!」
 あまりに女の子らしい(肉体的には完全に女性なのだが)香純の声に、猛彦の股間は更に高ぶる。このまま彼女を貫きたいという欲望を抑えるのに一苦労する。
「だめだって。汚いから、やめろよ!」
 香純が上半身を起こすと、猛彦が自分の股間に顔を埋めているのがわかる。
彼の頭に手を当てた瞬間、口から魂が抜け出てしまいそうな快感が香純の体を駆け抜けた。
「ひゃあぁぁんっ!」
 勢いで猛彦の頭を股間に押しつけ、足で左右の側頭部を挟み込むような形になってしまったが、彼の股間への愛撫は止まる気配をみせない。
 舌を広げて陰唇を舐め上げたかと思えば、膣に舌を差し入れ、ぐるぐると内側をかき回す。そのまま舌を上に丸めるように持ち上げ、舌先でクリトリスの裏側あたりを刺激してくる。
「うふん……んふぅ……ん〜ぁ……んんっ!」
 最も敏感な粘膜を舌や唇を使って大胆に攻めてくる猛彦の行為に、香純は我を忘れて喘いだ。恥かしいという思いも、自分が男であったことも忘れて、鋭い連続的な快感に身を委ねる。
「香純のここ、すごく可愛らしくて、最高だ」
 いつの間にか猛彦が愛撫の手を止めて、股間から顔を上げていた。
「だっ……誰と比べてるんだよ」
 顔を上げると、少しコンプレックスを感じないでもない胸の膨らみ越しに、猛彦の顔が見える。
 卑猥な構図だ、と香純は思った。
 親友に脚を広げられて、一番恥ずかしい場所を舐められている。薄い恥毛は彼の唾液でべっとりと濡れ、肌に張りついている。興奮さめやらぬ女性器は、いつもの閉じた状態ではなく、ほころんだ薔薇の蕾のように内側の粘膜をさらけ出していた。
「誰って、誰でもないよ」
 香純が股間を隠そうとするのを手で退けながら猛彦が答えた。
「最高ってことは、最低とかもいるんだろ」
「なかなか鋭いね、康一朗は」
 胸がまた、きゅうっと締めつけられる。
「香純って呼んでくれよ……ね。わ、私は、女の子だから……」
「十九歳にもなって”女の子”というのも、世間的にはどうかな?」
「もう、何を言っているんだよ! は、早く済ませろよ……ね」
 まるで徒競走をし終えた時のように心臓の鼓動が最高潮に達し、耳元でシンバルが鳴っているようだ。息も苦しい。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 香純は、ぎゅっと目をつむった。
 ベッドが揺れて、自分の上に猛彦がのしかかってきた。思わず香純は目を開けてしまう。
 目の前に、猛彦の顔があった。
「んんっ……」
 唇が重ねられ、舌が口の中に侵入してくる。一瞬戸惑った香純だが、猛彦の背に手を回し、彼の舌を受け入れた。
 顔と顔が動き、互いの舌をもつれあわせる。時々口を離し、くちばしをつつきあわせるように、相手の唇をついばむ。最初は気になっていた相手の唾液も、やがてまったく気にならなくなっていった。
 長い長いキスが終わって、猛彦と香純は十センチくらいの距離で見つめあう。
「ふぅ……。セカンドキスが、こんなディープキスだなんてね」
「あれ? 康一ろ……じゃない。香純は、中学校の時にキスしてたし、初体験も中学三年で済ませただろう?」
「バカ! それは俺、じゃなくって、私が男の時の話。女としてのファーストキスは、さっき道でした、あれがそうだったんだけどね」
 猛彦は、香純が告白をする直前のキスを思い出し、自分の口に手を当てた。
「あれがファーストキスだったのか。……くそぅ。そうだと知っていたら、もっと舌入れてやればよかった」
「猛彦、ものすごく性格悪くないか?」
「好きな子の前だと、つい、いじめたくなるんだ」
 口を尖らせて文句を言った香純に、また唇を重ねる。顔をしかめていた香純も、すぐに体の固さが取れて、ゆったりと猛彦を受け入れる。
 唾液の交換を終えると、猛彦が体を離した。
 切なそうな顔をした香純に、猛彦が微笑みかける。
「どうしたの?」
「ん……なんか、すごく変な感じ。猛彦とこんなことするだなんて、思ってもいなかったから。でも、苦しいんだ……猛彦のことを考えると、胸が苦しくなる。前にも経験したことがあるから、それが恋だってのはわかってた」
 香純の告白に、猛彦は微笑みで応える。
「変だよね。心は男なのに、男に恋するなんて……さ。猛彦はもてたし、私なんかよりもっといい人がたくさんいると思うんだ」
「いや。僕は香純がいればそれだけでいい。僕は一生、香純だけを愛し続ける」
 微塵も迷いが見えない猛彦の言葉に、香純は何と答えていいのか迷う。少しの間考えて、香純はこう言った。
「あのさ。猛彦も知っているけど、私も、康一朗としては恋人もいたりしたわけだ」
「うん、知っている。朱音(あかね)さんだろ?」
 朱音とは継森という名字の、口数の少ないおとなしい女性で、康一朗よりも一歳年上の恋人だ。正確には過去形であり、康一朗が女になってからは恋人ではなく、年上のお友達という関係になってしまっていた。
「この一年は、そりゃ女同士だし、そういう関係というか、えっと……つまり、えっちはしてなかったわけだけど、それ以前は結構してた。それってやっぱり、言っておかなきゃいけないと思う」
 少々混乱しているのか、香純は言わなくてもいい事を口走り始めた。
「週一くらい?」
「……んっと、する時は、週三くらいのペースで。週の半ばと、土日に泊まりがけで、とか」
 朱音は音大に通っていて、ヴァイオリンを専攻している。練習をする関係上部屋は入念な防音設備が整っていた。少々大きな声を出しても外に声が漏れないので、男子禁制のマンションとされていながら、けっこう出入りが多かったのは公然の秘密だった。
「その前にもセックスまでいった女の子は何人かいるよね。朱音さんはおいとくとして、高校の時の双恵(ふたえ)ちゃんも入れると、何人になるのかな?」
「ん……っと、五人、かな?」
「じゃあ、僕より全然少ないよ。問題ないって」
 その言葉を聞いて、香純がむっとした顔で言う。
「じゃあ、猛彦は何人の女の子と付き合っていたんだ? 十や二十ってことはないよな。だいたい、俺が知っているだけでも十人越えているんだからさ」
「香純は立派なレディーだよ。男はそんな風に嫉妬したりしないって」
「うっ……あ、ちょっと待て! 猛彦、話を逸らすなよな」
 嬉しいのか嬉しくないのか、香純は複雑な表情になってしまうが、すぐに話をそらされた事に気がついて文句を言う。
「そうじゃなくっ……んんっ!」
 キスで唇を封じられてあらがうが、すぐに抵抗をやめて猛彦に身をゆだね、体の力を抜く。
「……猛彦、ずるい」
 すっかり骨抜きにされてしまった甘えた顔で、香純は猛彦を見つめる。
 キスがこんなにも気持ちがいいものだとは、男だった時には絶対に思わなかった。朱音がキスをねだるのが面倒にさえ思っていたが、今ならば彼女の気持ちがわかる。
 愛する人とのキスは、女にとっての最良の媚薬の一つなのだ。
 猛彦は香純の顔を見つめながら言う。
「だから、僕はもう絶対に香純一筋だから」
「私は、心は男なんだよ?」
「それでも香純がいいの」
「おおざっぱだし、すぐ手が出るし、嫉妬深いし……」
「そういう所が好きなんだ」
「料理もあまりできないし……。あっ。た、猛彦と……その、けっ、結婚するにしても、私はお医者さん関係のことは全然わかんないし」
「そういうことは、心配しなくていいから。僕にすべてを任せて」
「あの、ほら。けっ、結婚というのは別にほら、処女をあげるから結婚しろと迫っているわけじゃないぞ。誤解してほしくないんだけど」
「僕はずっと前から、香純一筋なんだ。結婚するなら、香純しか考えられない」
「ちょっと待て! 猛彦はホ……」
 慌てた香純を黙らせるように頬に口付けをして、猛彦は言った。
「違うよ。康一朗が香純になってしまった時から、かな。その時から僕は、香純しか目に映らなくなっていたんだ」
 真っ向一直線のストレートな愛の告白に、香純の心臓はバクバクしっぱなしだ。香純は頬を真っ赤にしながら、今度は自分の方から話題をそらした。
「あのさ……さっきから足に固いのが当たっているんだけど」
「あ、これ?」
「だから、ぶらぶらさせるなって……」
 なんだかんだ言いながら、しっかり見ている香純である。
「いやあ。そろそろこうして、腕立て伏せみたいな格好をしているのにも疲れてきたし」
「病人がこんなことをしてていいのか?」
「一番の薬は、香純の体だよ」
 さらっと言ってのける猛彦の言葉に、香純は言葉を失う。
「……驚いた。猛彦って、そうやって女を口説いていたのか」
「言っておくけど、僕はベッドで口説いたりしないよ。そういうのは野暮だからね」
「じゃあ、私は野暮なんだ」
 すねたように、また唇を尖らせる香純を見て、猛彦がくすっと笑った。
「何がおかしいんだよ」
「いや、それって香純が小学校の頃の癖そのまんまだからさ。さすがに高校にもなるとそんなことはしなくなったみたいだけど、女になって、心も小学生になっちゃったのかな?」
「褒められているようには聞こえないんだけど」
「うん。褒めてないから」
「帰る!」
 体を横にひねってベッドから降りようとした香純を、猛彦は腕の力を抜いて上からのしかかり、逃がすまいと両手で抱きしめた。
「こら、やめろって!」
「もう我慢できないよ。僕は一刻も早く、香純が欲しいんだ」
 背中から羽交い締めにされて、香純は動く事ができない。
「うん……でも、優しくしてくれよ? は、初めては痛いって言うからさ」
「香純がバージンだってのは、さっき確かめておいたから」
「さっきって……あっ!」
 股間を舐め回されていたのを思い返して羞恥に火照る香純の体を、猛彦は身を起こして、あっという間に両脚を抱えてしまう。そうしてから、やや屈曲した姿勢を取らせて、自分の先端を香純の秘められた場所に軽く押し当てた。
「ちょっ、ちょっと待て! 猛彦、まだ早いっ!」
「だから、もう我慢できないんだって」
「お、女は心の準備が必要なのっ!」
 都合のいい所だけ女を主張する香純を、猛彦は黙って受け入れる。しばらくそのままの姿勢でいたが、香純は目を閉じたまま軽く肩をすくめて、何も言わない。
 猛彦が待ちきれずに、そっと囁いた。
「いくよ」
「うん……」
 猛彦が腰を進めようとすると、香純は体を縮めるようにして体に力を込めてしまう。体を割り開いて未知の領域に入ってくる物に対して、身構えてしまうのだ。猛彦は何度かやり直しをしたが、その度に彼女は同じ反応をして緊張を解こうとしない。このままでは、少々破瓜の痛みを増してしまう可能性がある。
「やっぱり香純は可愛いなあ。ほら、こことか」
「へっ?」
 思わず目を開いて下半身を見てしまった香純の隙を捉らえて、猛彦は腰を突き入れた。軽い抵抗の後、やがてこれ以上進めないという所まで押し入る。
 香純の目尻に、うっすらと涙が浮かんでいた。
「ちょ……ちょっと痛い……かも。猛彦、騙したな?」
「緊張してたら、もっと痛かったと思うよ」
「……うん」
 香純は、猛彦が少し腰を引いた時にうっすらとにじみ出てきた赤い物を見つめながら、生返事をした。
「香純……さ。香純のここ、すごく良すぎる」
 切なそうな猛彦の言葉に、香純はつい聞き返してしまう。
「何が?」
「きゅっと締め付けられて、内側がぷりぷりしててさ。名器だよ、これ」
「お、男に褒められても嬉しくないっ! でも……」
「でも?」
 香純は体が熱くなるのを感じながら、言った。
「あなたに言われるなら、それでも、いい……かな」
 この瞬間、猛彦は得も言われぬ極上の締め付けを味わって、射精欲を押さえることができなくなっていた。単純な締まりではなく、柔らかく、それでいながらツボを押さえた絶妙の締め加減は体を動かさなくともゆっくりと蠢き、今までに経験したことが無い気持ちよさだった。
「香純、ゴメン!」
 猛彦はそのまま、腰を上下に動かし始めた。
「うわっ、きゃっ! た、猛彦っ、やめてっ!」
 だが猛彦は返事をする余裕も無かった。ただひたすら込み上げてくる射精欲と戦いながら、香純の内部を擦りあげる。
「やんっ! だめぇ、たけひこぉ……ひぃんっ!」
 香純は猛彦の首に手を回し、しがみつくようにしながら、疼痛を忘れ去ってしまうほどの未知の感覚に恐怖を感じていた。射精する前の急速な快楽上昇カーブに似ていながら、その深さは男の快感とは比べ物にならない。
 一分もたたないうちに、猛彦にも限界がやってきた。
「香純ぃぃっ!」
 猛彦が最後に深く腰を打ちつけ、最奥に向けて情欲の印をほとばしらせる。
「いやぁ! いくぅぅぅぅっ!」
 香純もまた、生まれて初めてのエクスタシーを知り、二人は同時に叫び、絶頂に達した。
 熱い飛沫が体の奥に注がれるのを感じて、香純はふんわりと落ちてゆくようなエクスタシーの余韻に浸りつつ、改めて猛彦の体をぎゅっと抱きしめた。

「ダメ、絶対にダメ。嫌だ!」
 処女の証で一部が赤く染まったバスローブで前を隠しながら、香純はバスルームの方に後退りしてゆく。とりあえず血だけでも少し洗っておこうとした彼女を、猛彦が僕もついていくと言ったのがそもそもの始まりだった。
「一緒に風呂に入ろうよ。ほら、香純もべとべとしてるの嫌だろ?」
「そんなことより、前、隠せよっ!」
「いいだろう? 昔から一緒に風呂に入っていたし、見慣れたもんだろ。それに、香純だって僕の裸は見ただろ。今更隠す必要もないよ」
「それとこれとは、別っ!」
 顔を真っ赤にさせて、香純がバスローブを投げつけるが、空中で広がったために猛彦に届かないうちに床に落ちてしまう。
「猛彦、お前、絶対に変! もっと紳士だと思ってたけど、見損なったぞ!」
「この世の見納めに、香純の全部を見たいんだけどなあ……」
 悲しそうな表情で言ったわりには、股間のモノは凄い角度で元気にそそり立っている。
「そう言われたら断れないだろ……。でも今日の猛彦、絶対に死にそうにもないように見えるぞ」
「うん。僕も、死ぬ気がしない。なんか、元気が出てきた」
「じゃあ、見るな」
「見るなと言われると、余計に見たい」
 こうもはっきり言われると、返す言葉が無い。
「それに猛彦。私が中に出してもいいって言わなかったのに、勝手に中で出しちゃって……妊娠したらどうすんだよ」
「大丈夫。責任取って、結婚するから」
「まあ、今は高温期に入った所だから、妊娠の心配はほとんど無いんだけどさ。
でも猛彦は、義務で結婚するとか言ってるのか?」
 売り言葉に買い言葉だ。だが言葉を交わしながら、猛彦は徐々に香純との間合いを詰めている。まるで武芸者のようだ。
「そうじゃないよ。僕は、香純が妊娠しようがしまいが、ゆくゆくは結婚するつもりだからね」
「ちょっと待って! ……猛彦、さっきから結婚結婚と言っているけど、プロポーズの言葉って何だったの?」
「ん?」
 首を傾げて考えてから、猛彦が言った。
「結婚しよう、だろ?」
「違う! その、ほら。初めて結婚を申し込む時の言葉って、大事じゃないかな? それが何だったか、ほら……憶えておきたいじゃないか」
 うつむいて指を擦り合わせる香純の姿を見て、猛彦の体の内側に爆発的な愛情が膨れ上がった。大股で歩み寄って彼女を抱きしめる。
「ああっ! もう、本当に香純は可愛いなあ!」
「バカ、苦しいだろ!」
 口では文句を言いつつも、幸福な拘束感を味わう。
 猛彦は香純の耳たぶを唇でついばんで、言った。
「じゃあ、これがプロポーズ。……一生離さない。いや、永遠に離さない。僕には香純が必要だ」
「うん……」
「結婚しような」
「うん」
 とくんとくんと暖かなリズムで胸を打つ心臓の鼓動を互いに感じながら、二人は絡み合うような、長い長いキスを交わすのだった。

 シャワーでお互いの体を流しあうと、猛彦はまた香純の体を求めてきた。
 しかし香純は、まだ体の中に残っている余韻を味わっていたかったし、そう何度も続けて身を委ねるのは、何となく損なような気がした。だから香純は、はやる猛彦をやんわりとなだめ、風呂に浸かることを提案したのだ。
 無意識のうちに女の武器を使いこなしている香純だった。
 二人が一緒に入ってもまだ余裕のある、ユニットバスとは比べ物にならない快適な湯船に浸かりながら、まずは香純が話を始めた。
 最初は、男と女の体についての話だったのだが、やがて女は胸を揉まれると本当に胸が大きくなるのかとか、ポンプ式のペニス増大機は効果があるのかなど、二人の会話は普通の、なりたての恋人同士では絶対にしないような変な方向にどんどん進んでいった。
 猛彦の、女性はセックスを経験する事で体の仕組みが変わってゆくという言葉に対して、香純はこう言った。
「だったらさ、男だって初体験をしたらホルモンバランスが変わらないのは変じゃないかな」
「男には童貞膜というのは無いし、女性みたいに一月に一度の排卵も無い。もっとも、処女膜は初潮が来て月経が始まれば不必要だし、そこに特別な意味なんてないんだ。変化は精神的な安定感からくるものなんだと思うよ」
「でも、ほら。男にだって金……」
 香純が言いそうになった言葉を、猛彦が手のひらで彼女の口を押さえた。
「女の子がそういう言葉を言っちゃ、ダメ」
「別にいいだろ。元々男だったんだし」
「でも、今は女だろ? それにベッドでの香純は本当に可愛い女の子そのものだったなあ……」
「バカっ! 恥ずかしいこと言うなっ!」
 香純はお湯を手ですくって、猛彦の顔にかけた。
「つまり、その、あれだ。あれは、男性ホルモンとかいうと関係しているんだろ? 男だって童貞を無くしたら、精神的に変わるぞ。うう。でも、あれを舐めるなんて、考えただけで気持ち悪いな」
「それって、これかな?」
 猛彦がバスタブから立ち上がると、ちょうど香純の目の前に彼の男性自身がゆらゆらと揺れて見えた。
「こらっ、このバカっ! 変態! 露出狂っ!」
 お湯をばしゃばしゃかける香純に向かって、猛彦が言った。
「触ってごらん」
「さ、触れって……ええっと……」
 お湯に浸かってだらんと弛緩しきっている竿と袋を見て、香純は唾を飲み込む。よく考えるまでもなく、こうやって他の男の性器を正面から間近で見るのは、初めてだった。
「やっぱり、猛彦のこれって大きいよね」
 右手で竿をつまむようにして軽く持ち上げ、剛毛の茂った股間の下に泰然としている皺のある袋を、左手で持ち上げてみる。たちまち、猛彦の竿は硬さを増し、屹立してしまった。
「ちょっと香純……お願いだから、そーっと触ってくれるかな。痛いのは知っているだろ?」
「あ、そうか……男の弱点だもんな、これ」
 そう言いながら、香純は猛彦の股間に顔を近づけた。
「香純、何を……うわあっ!」
 持ち上げた袋の片側を香純がぱっくりと口に含み、舌先で転がし始めたのだ。
今まで体験したことのない感覚である以上に、香純がこんなことまでしてくれたという事実が彼を高ぶらせる。
「ふわぁ……口の中に毛が入って気持ち悪いな。でも、猛彦。気持ち良かっただろ?」
「いや、それほどでも……」
 実際には潰れそうだとか、噛まれるんじゃないかという不安でそれどころではなかったのだが。
「そ、そこまで言うなら、私だって、かっ、覚悟はできているんだからねっ!」
 言うが早いか、今度は舌を出して亀頭の裏筋を舐め、そのままペニスを口に含んでしまった。
「うっ……か、香純ぃ!」
 ぎこちなさこそあるが、初めてのはずなのに妙に巧い。なによりも、感じる場所を的確に攻めてくる。さすがは男として生きていただけのことはある。羞恥さえ取り払ってしまえば、女にはなかなかわからない、ツボを押さえたフェラチオができるのかもしれない。
 頬の内側でこすられたり、カリの部分を舌でぐるりと舐め回されたり、尿道を吸われたりしているうちに、猛彦はむずがゆい射精衝動を押さえきれなくなってきた。
 猛彦がもじもじと腰を動かすので、香純はようやくフェラチオをやめて猛彦の顔を仰ぎ見た。
「ん……も、もう……動かないでよね」
 文句を言っている間も、香純は陰嚢(要するに金○袋)をやわやわと指を使ってまさぐり、右手ではマイクを握るようにして、親指の腹で裏筋の敏感な箇所をくすぐっている。
「そう言われたって、香純がこんなことをしてくれてるってだけで……あうっ!」
 思わずうめいた猛彦の太腿を、香純はぴしゃりと叩いた。
「気持ち悪い声出すなよ。こ、こっちだって必死なんだから」
 半透明のぬるっとした液体が香純の指を濡らし、男の匂いが香純の本能を刺激している。彼の匂いが、なにもかも、たまらなく心地好い。
「ああ……猛彦の匂い、なんかどきどきするよぉ……」
「香純、さ。もう出ちゃいそうなんだけど……そのままだと、顔にかかちゃうよ?」
「えっ!? 顔はやだ。ダメっ! あと、飲むのも嫌だ」
「じゃあ、先にバスタブから出ててよ。ここで、してもいいだろう?」
「……うん」
 牡の匂いを嗅いで、香純の牝の部分が発情してしまったようだった。一年前までは男だったし、ついさっきまでまっさらの処女だったのに、もう自分の体は男を受け入れるのが当たり前のようになっている。
 小さな腰掛けに座っていた香純を猛彦は両手で軽々と抱えて、バスタブに体を半分出すようにして座らせ、お尻を突き出す格好をさせる。
「ちょっと待って、猛彦。まさか、これでするの?」
「怖いなら目をつぶっていた方がいいよ」
 慌てて香純は目を閉じた。続いて、猛彦が自分のお尻に手を当てて左右にぎゅっと広げた。ぴちっと何かが弾けるような音がして、股間に変化が起こったのが香純にはわかった。
「わっ、猛彦! 見るな、見ちゃダメっ!」
 だが猛彦は香純の言葉には答えず、ペニスの先端を香純の秘唇に当て、ゆっくりと腰を突き入れてきた。
「ああ……来る、来る……入ってくるよぉ……」
 挿入する所が見えないだけに、神経が股間に集中してしまっているようだ。
 やがて、体の奥に何かが突き当たるような感覚がして、香純は軽く顔をのけぞらせる。
「わかった? 香純の底の方まで入ったよ」
「やめろって、そういう……んやぁっ!」
 尻を両手で撫でられ、ぞわりと肌に粟が立つ。気持ち悪いのではなく、その逆だ。シャボンでぬめった猛彦の両手が尻から腰へ、そして腹の方へマッサージをしながら進んでゆく。
 香純は自分でも気がつかないうちに、腰を軽く振っていた。
 猛彦は香純の動きに合わせながら、腰を動かす。彼の手が止まっても、香純の腰の動きは止まらなかった。
「んーふぅ……やぁん…………ん〜……」
 ぴたぴた、くちゅくちゅと何種類かの湿った音と、香純の甘い声がバスルームを支配する。猛彦も大きくは動かず、香純のクリトリスのあたりに手をやって、弱い刺激を与える。
 体の奥の方でずきずきとする痛みがかすかにあるが、それ以上に、体に割って入ってくるたくましい存在が、香純を突き動かす。クリトリスからの刺激も断続的にやってくるので、たちまち彼女は絶頂へと駆け昇っていった。
「やあっ! やぁん、いやぁ……んく、んくぅっ……ふっ、いふっ、ふぅ……」
 体が無重力状態なのか、それとも凄い重力で地面に押さえつけられているのかわからない感覚に襲われ、香純はバスタブのふちをしっかりと握り締める。
 と、そこで猛彦の動きが止まった。
「やっ、やぁっ! 猛彦ぉ、止まらないでぇ……」
「香純が寂しそうだったからさ。ほら」
 彼女の右足を持ち上げて反転させ、器用に自分と向き合う格好にした。もちろん、挿入したままだ。膣内をかき回されて、香純の意識が白くなりかける。
だが、続けてきた強烈な刺激が、彼女の意識を呼び戻した。
 バスタブに腰を下ろす格好だが、両膝の裏で抱えられて少々不安定なのが怖い。猛彦の首の後に手を回してバランスをとる。彼女の頭の中に、駅弁ファックという言葉が浮かぶ。猛彦が膝立ちの姿勢であることと、自分のお尻の下にバスタブのふちがあるという違いはあるが、体位としてはそれに非常に近い。
 猛彦が腰を動かすと、彼のくびれの部分が体の中をこすっているのがわかった。
「あはぁ……いいっ……」
「素直でよろしい」
「ん……」
 目を閉じて顔を傾けると、すぐに猛彦がキスをしてくる。
 長い間男だった香純は、支配する快感しか知らなかったが、こうやって相手に身をゆだねるのは、それとは違った喜びがある。
 人に甘えるという行為は、なんとも気恥ずかしく、それでいて幸福で体が一杯になってしまいそうな不思議なものだった。
「猛彦……大好きっ」
 もう、男だったなんてことは気にならない。
 だって彼は、自分を女として認め、愛してくれるのだから。
「猛彦ぉ、たけひこぉ! 好きぃ、大好きぃっ!」
「僕も、香純がっ、好きだぁっ!」
 最も奥を突かれて、香純がのけぞる。その拍子に猛彦も絶頂に達し、二度目とは思えないほど大量の精を香純の奥にぶちまける。射精を感じ、香純は更に高みに昇り詰める。
「いひゃぁぁぁぁぁぁっ……」
 香純はがくがくっと体を震わせて、意識を失ってしまった。
 心配して香純の様子を見ていた猛彦だが、やがて意識を回復して恥ずかしがる彼女を見て、いとおしさが込み上げてきた。猛彦は裸の香純を抱きしめ、首筋や胸にキスの嵐をみまった。
「猛彦、体に障るから……」
 と、あまりの張り切りように香純が言うと、「我慢する方が、絶対に体に悪いって」
 猛彦はきっぱりと返してくる。こう言われれば、言葉の返しようもない。それに、今の猛彦は生き生きとしている。とても重病人には見えない。こうやってセックスをすることで病気が治ったとは考えられないが、彼が元気になるのなら、止める理由もないだろう。
 とは言うが実の所、香純はたった二回の挿入ですっかりセックスの快楽に開眼してしまい、理屈をつけてセックスをしたいという理由の方が大きかった。
 こうして二人は、互いの体を洗いあいながら、またしても体を求め始め、バスルームには、すっかり女の悦びを知ってしまった香純の、糖蜜のような甘い喘ぎ声が響き渡り始めたのだった。

 猛彦が目を覚ますと、腕に軽い重みがあった。
 左の方に顔を向けてみると、香純が自分の左腕に頭を乗せて、すやすやと寝ている姿が目に入った。さすがにセミダブルだと二人で並んで寝るには少し狭く、必然的に体を寄せあうような格好になる。
「うーん。昨日は、いや、今日の4時を回るまでずっとやってたもんなあ」
 お姫様を起こさずにどうやって手を外そうかと考えているうちに、香純が寝返りをうったので、猛彦は腕枕から解放された。危うくベッドから落ちそうになった彼女の腰に手を回し、ぐいと引き寄せたが、起きる気配は無かった。
「さて。今日はどうするかな……」
 時計は既に朝の7時近くになっている。猛彦はフロントに電話をし、いくつかの応答をしてから、シャワーを浴びに行った。最初はする度にシャワーを浴びたりしていたのだが、回数が多くなるにつれて面倒になり、最後は自分でも呆れるくらい、香純の中に出してしまったのを憶えている。
「結局、最後には香純も飲んでくれたし……。ああ、僕ってそんなに鬼畜だったかなあ?」
 嫌がる香純の姿がどうしようもなく可愛らしくて、つい余計な要求をしてしまった事を反省した猛彦だが、股間のものは、そんなことなどお構い無しに、無節操に元気一杯であることを主張していた。
「うーん……朝立ちなんて久し振りだな。疲れているはずなのに調子はいいし、どこも痛くない」
 鏡に向かって舌を出したり、まぶたの裏をめくってみたり、肌のつやを見たり脈を取ってみたりしたが、ここしばらく感じていた体の重さも、ほとんど感じない。
 しばらく鏡の前で濡れた体をさらしていた猛彦は、冷えて寒くなってきた体を暖めるために熱いシャワーを浴び、体を拭きながら部屋に戻った。
「えーっと。あの……おはようございます」
 裸のままの香純がベッドの上に正座をし、両手を揃えて猛彦に頭を下げた。
「……ぷっ! それ、何の真似?」
 猛彦の言葉に、香純は反射的に頭を上げて、拳も一緒に振り上げた。
「酷いぞ。人がせっかく、朝の挨拶をしたのに!」
「香純にはそういうの、似合わないって」
「何かそれ、すごーく侮辱されているような気分だな」
 唇を尖らせて怒る香純を見て、猛彦は笑った。
「そうそう。香純は自然のままが一番。無理して丁寧な言葉遣いにする必要なんかないから」
「あの……さ。やっぱり、私、女だし。言葉遣い直す、わ……ね」
「僕は、今のまんまの香純がいいんだ。だって、香純が可愛いってことを知っているのは僕だけなんだからね」
「ちょっと待て! それじゃ、お……私が、美人じゃないってこと?」
「そうじゃないよ。香純は僕にとって、世界で一番なんだ。可愛くて、元気がよくて、すぐに僕のことをバカって言うし、意地っ張りで素直じゃなくて、思い込みが激しくて、そそっかしくて……」
「可愛いのと元気は良しとするにしても、後のは褒めてないような気がするぞ」
 香純が言うと、猛彦はニッと唇を歪めて言った。
「わかっちゃった?」
「こっ……このぉっ!」
 猛彦はベッドから立ち上がって突っかかってきた香純を易々とあしらい、膝の裏と腕の下を持って横に抱きかかえ、ベッドへと運んでゆく。
「さて、朝ご飯はもう少し後でもいいだろ?」
「ちょっ、ちょっと待ってよ、猛彦!」
 抱きかかえられたまま、香純は手足をじたばたさせて抵抗する。
「もう、待たないよ。香純が可愛くてしょうがないんだ。このまま、ずっと香純とエッチをしていたいくらいだよ。香純もそうだろ?」
「違うよぉ……猛彦が、したいって言うから、仕方なくするんだよ? 勘違いしないでね。それに、チェックアウトしなきゃならないだろ」
「はいはい。今日もこの部屋を取っておいたから、このまま泊まり掛けで色々な事をしような。まだ香純にしてみたいことは山ほどあるからさ」
「ちょっと待って! 猛彦、それって……」
 顔を猛彦の方に向けて、香純が目を丸くして言う。
「ああ、もう何も聞こえないなあ。僕の耳、病気になったみたいだ。ほら、香純、いくよ」
「こらあ! バカ猛ひ……やぁあんっ! そ、そこ……浅いとこばかりなんて、やだよぉ。でも……いい……」
 ベッドが軋む音と甘えた声は、とても長く長く続いた。

 誰もが奇跡だと口を揃える猛彦の病の回復を二人が知るのは、年が明けてからのことになる。

「ああ、見てらんないわぁ……」
 ホテルの建物から遠く離れた、人が入れないはずの高層ビルの屋上に、寒くないのかと尋ねたくなるほど肌を露にした服装の妙齢の女性がいる。
「まったく、昨日から何回目? 十回は軽く越えてるよ。ちょっとは遠慮ってものを知らないのかしらね。……ああ、外に向かって股なんか広げちゃって。
見られても知らないわよぉ」
 ぶつぶつと文句を言い続ける金髪の女性は、メイアという名の悪魔だ。立ったまま文句を呟き続けている彼女の傍らには、まだ少女の域から抜け出てない幼い顔つきの、こちらはさらさらとしたプラチナシルバーの短髪の女の子が、打ちっぱなしのコンクリートの上で手持ちぶさたに座り込んでいる。着ているのは黒の皮ジャンと、これまた寒くないのかと問い質したくなる薄い白のシャツに、腿も露なカットジーンズだ。
 もし香純が彼女を見たとしたら、勝った! と思うに違いない。はっきり言って、この少女の胸は、無いに等しい。ある種の趣向がある人には強烈にアピールする、ロリータ系の美少女だ。
「ねえ、メイアお姉様?」
「黙ってなさい、ニオ。今いい所なんだから! わっ。一晩でアナルまで開発しちゃったの? 最近の子って、激しいのねえ……」
 どことなく羨ましそうな顔をしながら、じっと遠くを見つめている悪魔のメイアに向かって、ニオという少女が言った。
「どうして契約失行しちゃたんですか?」
「あーっ! それを言わないでちょうだいっ。本気で悔しいんだから。振られて気落ちしている所を交通事故でドカン! ってやって、魂を刈ってやろうと楽しみにしてたのよ」
「もしかして、お姉様。ゲームに負けたんですか」
「まー、ね」
 メイアはビルの縁に立ったまま、片足をあげて器用にくるり半回転して、ニオの方を見た。
「勝てる! と思ってたんだけどさ……」

 悪魔のメイアと契約したのは、島崎猛彦という名の男性だった。
 大病院の経営者の息子であり医大生でもある彼は、将来が保証されているようなものだった。父親の周りにいる人から、娘はどうかと言われることは珍しくなかったし、連れ回すガールフレンドやセックスの相手に困る事も無かった。
香純にはああ言ったが、彼が関係した女性は三桁近くにも及ぶ。
 友人も裕福な家庭の子弟がほとんどだったし、選ぶ相手には事欠かないはずの猛彦だったが、彼にも贅沢な悩みがあった。
 どうしても、結婚したいという相手に巡り合えないのだ。もちろん、釣り合いの取れる家柄の女性は何人も知っているし、ゆくゆくはこういった人の中から結婚する人を選ぶことになるのだろう。でも猛彦は、愛の無い結婚をする気には、どうしてもなれなかった。
 そこに現れたのが、悪魔のメイアだった。彼女は猛彦の贅沢な悩みをいとも簡単に見抜き、契約をしないかと言ったのだ。
 彼の願いは、「一生を共に生き、愛し、愛され続けることができる女性と出会いたい」
 というものだった。
 もちろん、悪魔がそう簡単に願いをかなえるわけがない。一生だなんて長すぎる。魂を持って行くのに何十年も待つほど、メイアの気は長くなかった。
 一生という言葉を彼が明確に定義していない以上、その範囲は悪魔側の判断で自由に決めることができる。出会った瞬間に事故死でも演出してやろうかと思ったが、彼女の心に生来の悪戯心が沸き上がり、メイアは彼に一つのゲームを提案した。

『では、運命の相手と巡り合わせてあげよう。その女性があなたを心から愛するようになったならば、魂を持って行くという契約は無効になるとする。彼女と末永く暮すがいい。ただし、彼女が一年後にあなたを拒否した場合、すぐにあなたの魂を頂いてゆく』

 猛彦は、悪意を込めた巧妙な悪魔の企みに気づくことができなかった。
 いや。想像すらできるわけがない。
 クリスマスの日の朝、珍しく自宅で目が覚めた彼を待っていたのが、康一朗からの電話だったのだ。
 彼は、悪魔との契約を忘れてしまっていた。正確には、メイアが記憶を消したのだ。だから電話の主が、悪魔がセッティングした運命の相手である事も知らなかったし、彼との間に愛が芽生え、成就しなければ魂を刈られてしまうことも憶えていなかった。
 ただ、運命の女性を得たいという強迫観念に近い想いを除いて……。
 そしてその日から、メイアが猛彦の体に仕掛けた病の芽もまた、育ち始めたのだった。

「そういうことだったんですか」
「あたしは何も言ってないけど?」
「お姉様と私はぁ、以心伝心、一心同体なんですぅ。キャア、言っちゃったぁ♪」
 ほっぺたに手をあてて体を左右にくねらせるニオを見て、メイアは軽いため息をついてから言った。
「ま、ただ幸せになってもらうのもなんだからさ。ちょっと仕掛けも、させてもらったわけ。2ヶ月後をお楽しみにってやつね」
 メイアは人差し指を横咥えし、不敵な笑みを浮かべた。
「生理を調節して妊娠でもさせたんですか? それって、天界の領分じゃないんでしょうか」
 メイアは黙ったまま、ニオの頭に拳を振り降ろす。鈍い音がしてニオは頭を抱え、みーみーと猫のような声をあげて泣き始めた。
「お姉様、酷いですう……」
「あんたは見習い悪魔なんだから、黙ってあたしの言う通りにしてればいいの。
……ったく、手間がかかるったらありゃしない」
 魔界の時の流れは異常に遅い。なぜならば、地獄を抱えた魔界は、その存在故に、罪を抱えた魂の贖罪の場として、天界よりも間延びした時が流れている。
 例えば、人間の世界の一年が天界では千年にも感じ、魔界では数万年にあたることもある。
 こうして長い月日を経て、魂は再び地上に舞い戻ってくるのだ。
「あんた、憶えてる?」
「何をですか?」
 メイアの問いかけに、ニオは頭にできたコブをさすりながら答える。
「憶えていなけりゃいいわ。ま、魔界時間で二万年もヤりっ放しじゃあ、忘れちゃっても仕方がない……か」
「??」
 きょとんとして自分を見つめるニオの頭を平手でグリグリこすって、メイアは背中の黒い翼を広げた。それを見て、ニオも慌てて小さな翼を広げる。
「お姉様、どこに行くんですか?」
「こういう日はね、自棄になってる奴も多いから、契約も多く取れるのよ。今日は忙しくなるからね。覚悟してなさい」
 先に行ってな、とニオを送り出してから、メイアは上空に向かって言った。
「じいさん、これで貸し借り無しだよ」
 彼女の視線の先に、トナカイに引かれたソリがあったかどうかは……。

 皆さんの想像にお任せすることにしよう。

*** END ***

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