ほんのりとした翳り。かろうじて無毛ではない、何故か少しほっとする。
正面から見える部分にだけ生えているようだ。
薄い陰毛が透けて、ぴたりと閉じた割れ目の一部は丸見えだ。
さて、ここから先はどの様に確認したものか・・・・・。
直接見るにせよ鏡を使うにせよ、この体勢ではこれ以上見えないし映らない。
だが、肢を開くことは躊躇われた。
あとは手で触れてみるという方法しかないが、そちらも気が進まない。
(「冷静に考えろ。これは確認だ。今の自分の状態を出来るだけ正確に把握するためだ。
さっき、下着の上から一度触っているじゃないか。布一枚無いだけだ。大差は無い。」)
自分に言い聞かせる。
右手の指先でそっと触れる。
すべすべして、唇よりなお柔らかい。
割れ目に沿って中指でつうぅっと撫でて見る。
全身の肌が粟立つような悪寒。慌てて手を離す。
「なんだ・・・・今の・・・・」
少し、ふっ切れた。
思いついて、斜め45度の角度で鏡の前に立つ。
前に出した左足を膝裏から左手で支えつつ、Y時バランスの要領で引き上げる。
そのまま回し蹴りを繰り出す様に、骨盤を立てる。
心の股間がすっかり映しだされる。
やはり外性器周辺には毛が生えていない。
左手で肢を支えるのに皮膚が引っ張られる為だろう、
ピッタリ閉じていた割れ目が僅かに開き、桃色の肉の一部が顔を覗かせている。
そこに釘付けになる。
傍から見ればあまりに滑稽な姿。
しかし心は、魅入られたまま目を逸らすことが出来ない。
どの位そうしていたのだろう。
突然、ドアがノックされる。
「シーンちゃーん!!心ちゃーん?もうお昼よぉー。まだ寝てるのー?」
姉の恋(れん)だ。
「は・・・はい」
反射的に答えてしまい、激しく後悔する。
「あら、起きてたの。もうすぐお昼ご飯よぉ、降りていらっしゃい」
しかし姉は気にする様子もなく、用件を告げて戻っていった。
(「どうして・・・それに・・・・心ちゃん? ちゃんだって?」)
姉は確かに彼を『心ちゃん』と呼んだ。
この『今の心』の声を気にしていた様子もない。
と言う事は‥・・・姉にとってこの状態は正常なのか?
今ここでの姉の認識では、心は『女』で『妹』なのか?
だが、互いの姿さえ見えていないし、単純に気が付かなかっただけかもしれない。
あの姉が彼の知る通りの性格の儘ならば、それも充分にあり得るだろう。
彼女はおっとりしていると言うか、浮世離れしているようなところがあった。
どちらにしろ、あのような一瞬の不完全な接触から得られた程度の情報で判断など出来ない。
「行くしか・・・・・ないか」
返事をした以上は、行かないのも不自然だ。
行って確かめるしかあるまい。
もし彼の主観どおり『心』が男であるのが正しいとしたら、
分かってはもらえまいが説明するしかないだろう。
心は脱ぎ散らした衣服を身に着け、階段を降りる。
一階のドアに着く。鍵を開けてドアを開いた。
「あ・・・・」
ほんの数メートル向うに姉がいた。
こちら背を向けてしゃがみこんでいる。
どうやら飼い猫達に餌をやっているようだ。
立ち上がり、こちらに振り返る。
その顔は優しげな微笑みを湛えている。
姉のこんな表情を見るのは久しぶりだ。彼はそう思った。
「・・・・姉さん・・・・お早う」
言いながら、顔を伏せて視線を逸らした。
「もお、心ちゃんたら。お早うじゃないでしょう。 もうお昼よ。
それにどうしたの。汗まみれじゃないの」
そこまで言うと、彼女は突然真剣な表情になり、こちらに歩み寄る。
心の目の前に来ると、彼女はまたしゃがみこんだ。
「うぅ?」
彼女は優しく心の脛に触れる、そっと労わるように。
先程サンドバッグを蹴りまくって、赤く腫れている脛に。
「また・・・・危ないことしてたのね?」
真直ぐに心の瞳を見つめて、問う。
心には答える事が出来なかった。
恋は再び立ち上がると、心を抱きしめた。
167cmの、女性としては長身な姉。
彼女に抱かれると胸に顔を埋める格好になる。
「私、いつも言ってるわよね? 心ちゃんは大切な大切な妹だって。
あなたが傷つくなんて耐えられないの。
お願いだから、自分を傷つける様なことしないで。」
心は姉の言葉を複雑な気持で聞いた。
彼女の言葉と態度は、『心』が女であることが『正しい』という充分な裏付けになる。
この世界おいて、心は生まれた時からずっと女であったということだ。
少なくともその可能性の方が高いと判断できる。
だがそれでは、自分は男であるという主観は、男としての記憶はどうなる?
あの日々は幻だったとでもいうのか。
再び彼のこころは深い絶望に苛まれる。
しかし同時に、それは『心』がどれ程深く愛されているのかを伝えてもくれる。
自分がどれだけ大切にされ、愛されているのかが解る。
「さあ。行きましょう。昼食の前にシャワーを浴びましょうね。
それから手当てもしないとね」
姉に手を引かれ、母屋へ向かう。
「あっ・・・・着替え・・・僕の部屋だよ・・・・姉さん」
「気にしないで大丈夫よ。私が準備してあげる・・・・
それから、もう怒ってないからね。いつも通り恋お姉ちゃんでいいのよ?」
「・・・・・はい」
(「少し恥かしいな。『お姉ちゃん』か・・・・・最後にこう呼んだのはいつだったか。
それにしてもアレで怒っていたのか。
やはり姉さんは、僕の知ってる姉さんなんだ」)
もともと心は男だった時から寡黙で、
言葉を選びつつ低い声でゆっくりと話すタイプだが、
女の心も同じようなタイプなのだろう。姉は特に違和感などを感じていないようだ。
母屋に着き、風呂に向かう。姉はまだ手を離さない。
どうやら風呂まできちんと連れて行く気らしい。
母屋は記憶にあるのと、何から何まで同じだ。違うのは自分だけ・・・・。
台所の前を通りかかる。
ここで初めて、自分以外にいつもとは変わっているモノを見つけた。
それは今、台所で忙しそうに立働く人物だ。
妹の愛(まな)が惚れ惚れするような庖丁捌きで野菜を刻んでいる・・・・・
心の記憶によれば、彼女は料理はおろか皿洗いさえ滅多にしないはずなのに。
呆気にとられて眺めていると、
「んっ?どうかしたの心。何か用?」
「???・・・・・愛?」
「むっ!! 姉を呼び捨てるとはいい度胸ねぇ? 寝惚けてるのかなぁ」
(「あッ 姉ぇ!!どういうことだ? それになんか・・・・怖ええ」)
「あら、愛ちゃん。心ちゃんは寝惚けてなんかいないわよぉ」
恋が口を挿む。
「じゃあ何、ワザと?」
「そんな事あるわけ無いでしょう。愛ちゃんが聞き漏らしただけよ。
そうよ、ねえそうでしょう? 心ちゃん?」
(「コレは・・・・早く謝ったほうが良さそうだ」)
「ごめんなさい。愛・・姉ちゃん。僕の声、小さいから」
咄嗟に『お姉ちゃん』か『姉ちゃん』かを迷い、その辺を曖昧する。
「ん〜〜〜。宜しい。許してあげよう。私は寛大なのよ」
そう言うと、愛は悪戯っぽく笑う。
「心ちゃんがお風呂使うから、少しだけお食事の時間を遅らせてほしいのだけど・・・」
「それなら大丈夫。一寸仕度に手間取ってるから。もう少しかかりそうだし」
「そうなの?じゃあ丁度良かったのねえ」
この一連のやり取りの間も、恋は心の手を離していなかった。
「さあ。いきましょう、心ちゃん」
「・・・・うん」
風呂に着いた。
黒姫家はそこそこに歴史のある旧家だ。
敷地も家も、屋敷と呼べる程ではないがそれなりに広い。
家は祖父と父の二代に渡り改築が行われた為に、外見より中はずっと新しい。
二人とも風呂好きであったから風呂は大きめで、清潔感もある。
風呂場そのものの広さは六畳、湯船は二畳半ほどの面積を占める。
これに三畳の脱衣所兼洗面所が付いている。
入ろうと思えば家族全員、一度に入ることが出来た。
心の記憶にもごく幼い頃に、家族皆で入った記憶がある。
父母と姉と妹、そして自分。