二重螺旋

 食事は、士狼がいた部屋と新しい部屋をつなぐ扉の反対側の壁にある、同じような扉の下から届られている。扉は厚く、食事が入れられるスペースには、手を差し入れることくらいしかできない。
 士狼は何度か食事の時間に扉の前で張っていたが、わずかなスペースの隙間からは何も見えなかった。どうやら配膳をする機械か何かをあてて、そこから食事が部屋に入れられるらしい。扉越しの物音に耳を澄ましてみたとき、機械音らしい音が聞こえてきたのだ。

 暇だけはたくさんあるので扉の構造を調べてみたが、どうすれば食事を入れる小さな扉が開くのかは、士狼にはわからなかった。
 その新しい部屋に用意されていた物に、士狼は怒りを感じずにはいられなかった。今までと同じような薄い簡易服ではない、ちゃんとした服が用意されていたのだが、その中に女性物の下着、つまりブラジャーとショーツが何枚か置かれていたのである。
 怒りに任せて引き千切ろうとしたが、ビデオカメラなどで監視されているのは間違いない。そんな行動は相手を喜ばすだけだと思い直し、ショーツだけは着けることにした。今まではいていたものよりは少々小さいが、ブリーフを小さくしたような感じでヒップ全体を覆い隠してくれるので、恥ずかしさは薄らいだ。
 幸いなことに、替えの服はユニセックスなカジュアル服で、どこかの大量既製品服チェーンの製品のような印象のものだ。もちろん新しい服は、シャワーを浴びてから着たのである。

 シャワーを浴びたときのことを思い出すたびに、士狼は恥辱と共に、体にわきあがった抗いきれない快楽のことを脳裏に浮かべるのだった‥‥。

 服を着替える前に、士狼はシャワーを浴びることにした。
 空調が効いてはいるものの、着替えず、体も拭かずに過ごしていると肌はじっとりと粘つくようで、洗面台で洗う手と顔以外はさすがに気持ちがいいとはいえない状態だ。
 もともと清潔好きといえる方ではなかったが、さすがにこの状況下ではそうもいっていられなかった。それほど全身の不快感は強くなっていた。

 新しい部屋の隅にはサウナ室のような丸い窓のついた扉があった。中を覗き込もうとしたが真っ暗で何も見えない。取っ手を引くと、灯りがついた。解放されているトイレとは違い、半畳程度と狭いがちゃんとした個室になっているシャワールームのようだった。だが、蛇口らしきものはどこにも見当たらない。凹凸のない棒状のものが天井から突き出ているだけだ。
 士狼はその中に入って、上を見上げた。ドアが締まった瞬間、かちりという音がして、天井のバーからだけではなく、前後左右の壁際から勢いよく温水が吹き出してきた。

「ひゃああああああっ!」

 全身を叩く水滴の不意打ちに、士狼はおもわず悲鳴を上げた。
 びしびしと体に叩きつける水滴は、士狼にとって鞭で打たれたのにも等しい衝撃を与えた。全身を無数の舌と手の平で愛撫されるような暴力的な圧力で士狼を攻めたてる。体の奥から熱い疼きがわき上がってくるが、パニックを起こしている士狼はその感覚に気がつかない。
 士狼は胎児のように身を縮めてうずくまってしまった。
 肌にぺったりと服が張り付いて乳房ばかりでなく、乳首までがくっきりと浮き出てしまっている。下半身にいたるなだらかなラインや、お尻を包んでいる大きくて無愛想な下着の形までがくっきりと浮き出ているのがわかる。もちろんその様子を眺める者はいないはずだが、士狼は自分の格好を想像して激しい羞恥心をおぼえた‥‥。

 1分ほどパニックに襲われていた士狼だが、ようやく混乱から回復してドアに手を伸ばした。取っ手に手が触れたと同時に、また音がして、温水の噴出がようやく止まった。どうやらドアの開閉とシャワーのスイッチは連動しているらしい。
 床に水滴を滴らせながら荒い息を吐いて、先程見つけておいたタオルを体に巻く。しばらくして息が落ち着くと、また恥ずかしさがこみあげてくる。
 まるで見た姿そのままの、少女のような悲鳴を上げてしまった自分が悔しかった。ビデオカメラで監視しているはずの、士狼を誘拐した連中が喜んだだろうと思うと消えてしまいたくなるほど恥ずかしく、情けなかった。
 タオルが水分を吸い取ってじっとりと重たくなり、やや涼し目に調整されている室温が体温を奪う。

「くひゅん!」

 可愛らしいくしゃみをしたが、もう自分の声で恥ずかしがるのはやめることにした。
 体に張り付いた服を剥ぐときに、ぴりりと痺れるような刺激が体を走る。
 士狼はそのとき初めて、自分の胸をはっきりと見た。自分の手には余るが、男の大きな手ならば、すっぽり被えてしまえそうなささやかな大きさだ。乳首はヴァージンピンクと表現すればいいのだろうか、澄んだピンク。陥没ぎみだったニプルが、先程の刺激で少し顔をのぞかせている。
 肋骨は浮き出ていないが余分な脂肪はほとんどなく、女らしさを主張し始めた少女ならではの清潔な色気を発散していた。腰から下へと至るラインはまだ女性らしさよりも少年の趣を残し、ヒップはまだ"桃"と表現するには少々無理があるようだ。
 心臓の鼓動が高鳴っているのがわかる。

 士狼は勇気を奮って下腹部に目をやった。
 女性らしさを奏でる柔らかさを備え始めた下腹部のアンダーヘアーはまだ、赤ん坊の生え始めたような頼りない髪の毛といった感じで、トイレの時に紙で拭いたときの感覚を裏付けていた。ふくらみにすっと走った切れ目が一瞬目に入り、慌てて顔を上げた。
 心臓がまた大きく鼓動している。
 吸い込まれるように、目の前にある姿見に視線がいった。
 客観的に見て、絶世の美少女とまではいかないが、アイドルとして十分デビューできる容姿だろう。小さいながら形のいい頭に、すうっときれいにあごへと流れる曲線は芸術家の手による作品のよう。眉は自然に細くなっているし、目もぱっちりと見開かれ、二重がいいアクセントになっている。桜色の小さな唇は、男の支配欲をそそる。小顔になろう、ダイエットしようとあがいている世の女性が見れば、嫉妬に狂いそうな絶妙な造形だ。

 −−自分は、可愛い

 一瞬、陶然としかけて、士狼の背筋が凍った。
 その考えを頭を振って払い、冷えてきた体をシャワーで暖め、監禁されて以来の垢を落すことにした。恥ずかしがるから相手は喜ぶのだ。女性らしい態度をするたびにますます喜ぶはず。堂々と恥ずかしがらずにいれば相手の期待を削ぐだろうと自分を納得させる。
 ドアのすぐ横にある作りつけの棚にバスタオルを乗せ、せっけんと体を洗うタオルを持って中に入った。そして、二、三度深呼吸してドアに伸ばした手を引っ込める。わずかな音と共に、周囲から勢いよく温水が体に吹き付けてくる。
 今度はさっきのようなみっともないことにはならなかった。

 せっけんをタオルにこすりつけて、肩から首筋を最初に洗い始める。そして腕、背中、そして腰へと移る。胸は腫れ物に触るようにさっさとすませたが、柔らかい感触とタオルの刺激によるくすぐったいような初めての感覚にとまどいを感じつつ、少し力を込めて。
 いつもは気にも止めないせっけんの香りや肌触り、シャンプーの匂いまでがいつになく五感を刺激する。
 そればかりではない。タオルが肌を滑ってゆく触感は、いつまでも体をこすっていたくなるような気持ちよさだった。いつの間にかせっけんが流れ落ちきってしまっているのにも気がつかず、無心に体を清め続ける。
 男の時は汗を流す程度だったシャワーが、今はなんとも心地好く、裸身に適度な刺激を与え続ける。弓奈が長風呂なのも、今となってはなんとなく理由がわかるような気がした。
 無事戻れたら、もう二度と長風呂を責めたりしないと思いながら‥‥。

 突然、シャワーが止まった。
 士狼は驚いて周囲を見渡すが、別に異常な所は見当たらない。そっとドアを開けて外をうかがって見たが、変わった所は何もない。
 顔を引っ込めてドアを閉めると、また温水が吹き出してきた。今度もまた不意打ちだ。今度は身をすくめて声を上げるのをなんとか堪えたが、ちょうど腰骨のあたりから頭のてっぺんまで、着衣でシャワーを浴びせられた時と同じ、いや、それ以上の衝撃が頭まで光速で走り抜けた。

「んんあっ!」

 まるでがまんにがまんを重ねた後に思いっきり射精する時のような甘い疼きに士狼はたまらず悲鳴を上げた。

 容赦なく水滴は浴びせ続けられる。レイプ同然の激しい凌辱に、士狼はドアを開ける気力すら失っていた。最初と不意打ちのシャワーで官能のスイッチが入ってしまったような体は、意思の力で制御できなかった。
 辛うじて壁に手を突いて、少しお尻を突き出すような形で全身を水流にさらし続ける。
 顔に、胸に、腰に、尻に、そして股間に。全身に叩きつける水流に身を任せる快感に酔いしれた。
 まるでお尻を振って男を誘っているような艶めかしい体の動きは、意識してしているものではない。このとき、士狼の意識は一時的に飛んでいた。
 士狼の股間に、女として初めての潤いが生じていることに、まだこの体をよく知らない士狼は気付くはずもなかった‥‥。

 またシャワーが止まり、士狼はやっと我にかえった。
 しばらく壁に身を預けてぐったりとしていたが、やがて、すっかりせっけんが流れ落ちてしまったタオルを足下から拾い上げ、今度は慎重に泡を立ててから体をこすり始める。
 全身が今までになく触感に対して敏感になっているようだ。タオルの起毛した感触が、まるで無数の舌で愛撫されているかのように感じる。それでもまだ士狼は、くすぐったいという感覚でしかそれを理解していない。
 胸は押しつぶすように乱暴に、まるでかたきのように力を入れてこすった。先程のシャワーの刺激で乳首が固く尖っているのだが、まだ女性の体をよく把握していない士狼にはわかるはずもない。
 既に洗い終わっているにも関わらず、もう一度、今度は優しく胸を洗ったのも、完全に無意識の行動だった。

 士狼の体は既に、快楽の無限地獄への第一歩を踏み出してしまっていた。

 少し迷ったが、下腹部の洗浄も軽くこすってすませた。たっぷりと泡立てられたタオル越しに、まだふっくらと押し返すほど成長していない女性の一部がわずかに指先に感じられた。そのタオルと股間の間に、透明な液体の細いブリッジが走ったことを、士狼は知らない。
 お尻は少していねいに、谷間の部分をタオルの下で伸ばした指先でこする。くすぐったかった。このころには、あの痺れるような感覚は失われていたが、まだその余韻が残っているようだった。
 脚も別のタオルにせっけんをこすりつけて洗う。ふと思い立って足の指の間をタオルでこすってみたら、くすぐったが、とても気持ちよかった。これは別に性的な感覚ではないが、男の時にはそんなことをしたことがなかったのにと、士狼は自分でした行動が不思議で、なんとなくおもしろかった。
 そのあとようやく髪の毛を洗い始めるが、少し長めの毛なのでかなり苦戦した。体に張り付くのも鬱陶しいし、前にかがまないとちゃんと洗えないのも面倒だった。
 髪の毛に悪戦苦闘したあと、もう一度シャワーを全身に浴びて泡を洗い流す。久し振りの暖かい湯とシャボンによって清められた肌は、つやつやと赤ん坊のような滑らかさがあった。水を弾きかえす暖められた肌はほんのりと桜色に染まり、清潔な色気を発している。
 久し振りの入浴に、士狼は身心共にリフレッシュした。

「よし! これでまたがんばれるぞ。なんとしても、俺は元に戻るんだ」

 その頃、何処とも知れぬ壁の一面がモニターで埋め尽くされた部屋の中に一人の男が座っていた。
「意外に早く堕ち始めましたね。‥‥もっとも、あの体でよくここまで我慢できたものですよ。やはり男の精神を移植して正解ですね。戸惑いながら快楽に溺れていく姿、せいぜい楽しませてください」
 そして男は、低い声で長く長く、いつまでも笑い続けた‥‥。

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