テレビデオにテープを突っ込むと、すぐに再生が始まった。
(そういやこれ、浩司にダビングさせたんだっけ……)
男と女の喘ぎ声が室内で響き渡った。
直接的な聴覚刺激にカイトの体は熱くなった。
エロティックな気分が盛り上がり、口の中が乾いてきた。
(おらァ逃げんじゃねェ。いまブチ込んでやるからよ、せいぜい腰振りやがれ!)
男の動きに合わせ、女体を征服していく過程をカイトは疑似体験した。
ビデオの中で男がリズミカルに腰を使い、それに応じて女が喘ぐ。
やがて「出すぞ」と宣告した男の身体がびくんと震え、女の中に精を放った。
男は気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
「うっ……」
カイトは呻いた。
ビデオでさんざんにカイトの性欲は高ぶっていた。
熱く固くなった幻のペニスを中心に切ない波動のようなものを感じる。
かつてなら、ためらうことなくペニスをしごいて欲望を吐き出していた。
いまでも、ともすれば股間に手をやってペニスを掴んでしまいそうになる。
ペニスの幻覚があまりにも鮮烈で、本当に股間にそれが生えてきたかと錯覚してしまいそうになる。
だがちらりと己の股間に目をやれば、ハーフパンツの股間部は何事もなく静まりかえっている。
これだけ昂奮しているのに股間にはかすかな盛り上がりさえない。男であれば有り得ない事だった。
にもかかわらずペニスの幻肢は射精による解放を求めてひたすら疼き続ける。
せつなさにカイトは眉を寄せて呻いた。
「はぁ……く、シャセイ、したい……」
固く敏感になったペニスを思う様しごきあげたかった。
そこにあるのが当たり前だった欲望の器官が、いまはどんなに手を伸ばしても触れることすらできない。
カイトは朝のことを思い出した。
目の前で誇らしげにペニスをしごいていた♂カイト。
それがいかに残酷なショーだったことか。
こうして悶々としていると奪われたものの大きさが身に沁みる。
どうしようもなく火照った躰をもてあましてカイトは布団に倒れ込んだ。
下半身で出口を求めて駆けめぐるドロドロとした欲望の塊がカイトを責める。
(シャセイしたい……シャセイ……)
ペニスを握って白濁液をぶちまけられればどんなにかスッキリすることか。
だがいまのカイトは強制的に射精を封じられたも同然だった。それでいて男だった記憶が生み出すペニスの幻影は生々しく疼き続ける。
ちょっとした拷問だった。
「うぅ……」
カイトは呻いて布団の上で腰を引いた。
針のように尖ったペニスの疼きに負け、カイトは思いきり腰を突き出した。
むろんすっきりとしたカイトの股間は虚しく空をきっただけだった。
むなしいと分かっているのに、疼きに負けて腰を振ってしまう。
他人が見たらその滑稽さに笑い出すだろう。そう思ってもカイトは自分を止められなかった。
溜まった欲望を吐き出す器官を持たない身がこれほど辛いと意識したことはなかった。
「ハァ、ハァ……ちくしょう……チンポがこんなに疼いてるってのに……」
股間にそそり立つ幻のペニスに触れられないもどかしさで気が遠くなりそうだった。
つけっぱなしになったビデオは、別な男女のセックスを映し出していた。
(あの女、チンポ突っ込まれてあんな気持ちよさそうに喘いでやがる……)
女の側に傾きかけた意識はすぐにカイト男としての自意識に打ち消された。
ビデオで腰を振る男のように心ゆくまで欲望を女の体に注ぎ込みたいと思った。
いつのまにかカイトはビデオの女に葵の顔を重ねて見ていた。
熱くたぎった下半身のドロドロをいますぐにでもブチ込んでやりたかった。
「ふぅぅ……」
どうにもならないもどかしさに、カイトは情けない声を出してしまった。
目に見えないペニスが膨張すればするほど、それを実際にリリースする術を持たないカイトは苦しく、切なくなっていく。
暴走する欲望に苛まれ、躰が内部から破裂しそうだった。
「チンポォ……」
無意識にカイトは欲しい物の名を口にしていた。
股間に痛いほどに感じる勃起の場所へ手をかざすと、フイッと掻き消すように幻のペニスはなくなってしまう。
カイトが呻くあいだもビデオの男は憑かれたようなピストン運動で女を責め立てる。
男に同調したカイトの意識は、必死でその行為を真似ようとした。
あたかもそこにペニスを掴んでいるかのように股間に握り拳をおいた。
竿を小刻みにしごくように拳を上下させると、女の股間部のいわゆる土手の部分にトントンと刺激が伝わり、わずかながら快感を産んだ。
「ン……チンポの感じが少しする……」
カイトは夢中で拳を上下させた。
痺れたような思考の中では、いまだにカイトは自分が女性器への刺激から快感を得ていることに気付いてなかった。
拳がふっくらとした土手を叩くたびにマイルドな快感が広がる。
そのときビデオの中で男女のセックスがクライマックスを迎え、男が短く吠えるようにして女の腰を抱きかかえると猛々しく射精をした。
その圧倒的な快感の迸り、欲望のリリースをカイトも欲した。
(思いきりブチ撒けるみたいにシャセイしたい、シャセイ! シャセイ、シャセイ、シャセイ……)
外に放出できないぶん、ダイレクトな男としての欲望が頭の内部を駆け回る。
射精という直裁的で簡潔な性の解放は、女の器官しか持たないカイトには永遠に不可能なことだった。
凄まじいフラストレーションにカイトは涙目になって、フゥ、フゥと荒く息をしていた。
もどかしさに我慢できず、カイトはハーフパンツを苛立たしげに脱ぎ捨てた。まるで、そうすればそのしたから押さえつけられてたペニスが顔を出すとでもいうように。
しかし実際にはコットンのパンティに包まれた局部は凹凸のない慎ましやかな三角を描いている。
そのときビデオが最後まで到達して、画像が途切れた。ガチャガチャと機械が作動し、自動的にテープが巻き戻される。
ついにカイトは抱え込んだ欲望をどうすることもできないまま、ビデオの終わりを迎えてしまったのである。
男としてイクことができなかった……
カイトの肉体は性染色体XXを持つ完全な「女」である。いくら男のように昂奮したとしても、男性器を持たない身で射精は適わない。
生物学的には当たり前のその事実がカイトをうちのめした。
股間で必死に有るはずもないペニスを求めたカイトの手は、つるりとした女の股間に触れてそこで動きを止めた。
パンティは信じられないほどぐっしょりと濡れていた。
「なんだこれ……」
愕然としてカイトはつぶやいた。
ペニスの幻肢感覚に気を取られていて、カイトは自分の股間がこれほど濡れそぼっていることに全く気付いていなかった。
女陰からしみ出た液でこれほど濡れてしまったということが信じられなかった。
知らないうちにコップの水をこぼしてしまったというほうがまだ信じられるような気がする。
カイトはおそるおそるパンティを下ろした。
にちゃ……
どこか淫猥な水音。
秘部とパンティとの間で透明な液体が糸を引いていた。
「……!」
見ているそばで、秘裂の奥からプチュと液体がしたたってきた。
パンティがぐっしょりと濡れてしまうほどにカイトは愛液をしたたらせてしまったのだ。
見えないペニスの疼きがゆっくりとくすぶりながら体の奥に引っ込んでいく。
射精による解放感が伴わず、しくしくと陰に籠もった疼きを残してあの強烈な欲望が霧散していった。
カイトは左右の胸にもジンジンと痛むようなむず痒さとくすぐったさの合わさった感触を覚えた。
サラシの下で、乳首が敏感になって疼いてるのだった。
カイトの意識は確かに男として昂奮していたのに、その昂奮は女体の性的な反応として現れていたのである。
もし理性による抑制がなければカイトはサラシをかきむしって、しこりきった乳首を自ら愛撫してしまっただろう。
男としての意地がそれをさせなかった。
股間に注意を戻せば、秘唇の上に位置するクリトリスが包皮をはねのけるほどに充血して腫れ上がっている。幻肢感覚を生じるもとになった場所だ。
クリトリスを擦ることがどれだけの快感となるか、カイトは良く知っている。
包皮を剥いて指の腹でそこを擦り上げれば、それだけで小さなエクスタシーに達するだろう。……けれど、それはあくまで女としてのエクスタシーだ。射精とは異質のものである。
カイトが求めたのは射精による欲望のリリースだった。
内腿に濡れたパンティの冷たさを意識するようになって、ようやくカイトは苦しいほどの性衝動から解放された。
「くっそ、こりゃもう一度穿く気にはなれねェな」
憮然としてカイトは濡れたパンティを足先から引き抜いた。
あれほど男として欲情していたのに、女として反応し愛液を垂れ流してしまう己の体が恨めしかった。
ティッシュで股間を綺麗に拭き、新しいパンティを身につけなければならなかった。
パンティを濡らしてしまって下着を交換するなど、まるでムラタがカイトに課す精神的な責め苦みたいである。
男の感覚を取り戻そうとして鑑賞したグラビアやビデオのせいで女としての生理現象や立場を再確認させられてしまったというのがなんとも皮肉であった。
着替えと洗濯を終えて時計を見ると、すでに昼過ぎになっていた。
♂カイトが帰るまでにはメイドに戻らないといけない。
カイトが自由な服装でいられるのもあと残り数時間だった。
「ちっ。気分転換に外の光に当たってくるか」
体の中でいまだくすぶる欲求不満のおき火を鎮めるため、カイトは外出を決意した。
そのままフラリと家の外に出た。
♂カイトの言葉を信じるなら、家の近所だけはうろついても安全な筈である。
ポケットに手を突っ込んだ行儀の悪い格好でカイトは近所をぶらついた。
「おっ? あんなとこにコンビニができてたのか」
少し前まで更地だった場所にこぢんまりとしたコンビニが出店していた。カイトは特に目的もなく店の中に入った。
商品棚の中でプリペイド携帯がカイトの目に入った。
(これは使えるかもな……)
カイトはプリペイド携帯の箱を棚からわざと落とし、拾うフリをして携帯本体とカードを抜き取り、服の下に隠した。
そのまま何食わぬ顔をしてカイトは店を出た。
部屋に戻ってくると、カイトは戦利品の携帯を手の上で弄んだ。携帯でなら、♂カイトや叔父夫婦に詮索されることなく外部と連絡をとることができる。
「浩司はたしか携帯持ってなかったけど……そうだ、葵だ。仮にもいまどきの女子高生なら携帯くらい持っるかもな」
葵と同じ桜花女子校の一年と遊んだとき、携帯の番号を聞いたことがあった。
「あーあーあー」
その気で声を出してみると、申し分なく若い娘らしい声が出てくる。
カイトはダメ元でその番号へコールしてみた。
授業時間中だというのに、ほんの数コールで相手が出てきた。
「こないだ一緒に遊んだイノウエだけど」
と適当に名乗ると相手は勝手に「ああ、あのときの」と納得してくれた。
遊び回ってる女なので、いちいちコンパで一緒になった別な学校の女をちゃんと覚えてはいないだろうという予想の通りだった。
「四組の葵ってコに用があるんだけど。あとでこの番号に掛けてくれるように伝えてほしいんだけど」
どうやら隣のクラスだったらしく相手は葵のことを知っていた。特にカイトのことを怪しんだ様子もなく、伝言を請け合ってくれた。
ほどなくして、携帯に着信があった。
『あの、伝言を聞いて電話したんですけど……どちら様なんでしょうか?』
間違いなく葵の声だった。
「オレだ」
『え……?』
「オレだ。カイトだ」
『カイト君!? いまどこにいるの!』
「……この通話、聞かれてないよな?」
葵が一人でいることを確認してから、カイトは家の場所を葵に伝えた。
「おまえに手伝ってほしいことが色々あるんだ。いまからこっちにこれるか?」
『でもこれから午後の授業が……』
「他のヤツらが帰ってくると話がややこしくなる。できれば今すぐがいい」
『……わかったわ。カイト君の頼みだものね』
葵にもう一度道筋の確認をしてカイトは通話を切った。
それから二十分ほど待った。
思ったより早くに葵が訪ねてきた。
カイトが玄関扉を開けると、葵は肩で息をしていた。走ってきたのだろう。
「入れよ」
カイトは葵を招き入れた。
葵は土間で一度立ち止まるとカイトの姿を上から下まで仔細に眺めた。
「よかった、本当に無事だったんだね、カイト君」
「とりあえずはな」
「その服、自分で選んだの? うん、似合ってるよ」
「……嬉しくねえよ」
「なんで?」
葵はカイトの耳のピアスにそっと触れた。
「カイト君、とっても可愛くなってる」
「変なこと言うのやめろ! このピアスだって、どうしても外れないから!」
憤慨して首を振ると、それを嘲笑うようにピアスからぶら下がる銀色の玉がチャラチャラと揺れた。
「ごめんなさい……」
葵は怒鳴られてしゅんとうなだれてしまった。
「ま、いいさ。こっちこいよ」
カイトは葵を部屋へと連れて行った。
葵を床に座らせ、カイトもそれに向き合うように畳に座り込んだ。
聞きたいことはいくらでもあった。
「で、ムラタはやっぱりオレの行方を探してるのか?」
「うん」
葵は肯いた。
「私なんかに詳しいことは教えてくれないけど……でも、部下の人を使って探させてるみたい」
「チッ。やっぱそうか……」
「カイト君はどうやって逃げ出せたの? お兄ちゃんは何も教えてくれないから私、とっても心配したよ……あっ!?」
カイトは無言で葵の肩を掴み、床に押し倒した。
葵は目を見開いて抵抗しようとしたが、カイトが力をかけ続けるとすぐに大人しくなった。
ギリ、と力を入れて押し倒したままカイトは問いかけた。
「答えろ。オレは、本当にお前を信用していいのか?」
「カイト君……」
「質問に答えろよ。おまえはあのムラタの身内だ。このまま帰したらオレの居場所を報告するんじゃないのか?」
葵を押さえつけながら、カイトは己の非力さを実感していた。
ほっそりとした女の腕では、以前の十分の一も力が出せてないようにすら思える。
もし葵が本気で抵抗したなら、簡単にはねのけられてしまうかもしれない。