15

 澄みきった碧いガラスのような空だった。どこまでも高く遠く続くような空。
 乾いた風が渡っていき、髪がさらわれた。
 地上へと目を戻すと、黄金色の小麦の穂が一面に広がっている。もうすぐ収穫の季節だ。
 不意にあたりが翳った。
 空気を震わすような爆音。
 カーキ色の軍用機が低く空を飛んでいた。
 無遠慮な騒音がようやく遠くのものになったとき、誰かが名を呼んでいるのに気付いた。
 振り返ると、黄金の絨毯の向こうでひょろりと背の高い青年が手を振っていた。
 逆光で顔は見えないけど、すぐに誰だか分かった。
 あれは……
 ……………………

 そこで夢は途切れ、カイトはぱっちりと目を開けた。
 奇妙な夢だった。
 夢の光景がどこだったか思い返そうとしたが、目覚めた途端、夢の内容は砂が指の間からこぼれ落ちるように記憶から失われてしまった。
 そして暗い現実が舞い戻る。
 胸に感じる奇妙な重量感。そっと手をそこにやると、男にはないはずのやわらかな乳房の隆起がある。
 そして敏感な乳輪をなぞり乳首の先に触れると、そこには冷たいピアスが取り付けられている。
 顔を動かすたびに耳朶で揺れる重いピアスも、カイトに「女」を思い知らせるため取り付けられた代物だ。
 自分がいかに不自由な拘束状態にあるかを思い出してカイトは改めてこんな仕打ちをしたムラタたちを呪った。
 左右の乳首の間に取り付けられたチェーンが床のレールに接続されていて、チェーンの許す範囲以上に体を持ち上げることすらできない。
 おまけに両手首・足首もそれぞれ繋がれているので、結果的に短いレールに沿ってもぞもぞと這って移動する自由しか与えられていないことになる。
 見世物の獣に対するような仕打ちだ。
 悪態をつこうとして、そのとき初めて口が塞がっていることに気付いた。
 シリコン製と思われる細長い物体が口腔を塞いでいて、喋ることはおろか口を閉じることもできない。
 口を塞ぐ異物は、首の後ろに回されたバンドでしっかりと固定されて吐き出すこともかなわない。口の中を占めるそれは男根をかたどったディルドータイプのギャグだった。
 人工の男根を無理やりくわえさせられているのである。
 ヴヴヴヴヴヴ……
 女としての器官に挿入されたままになっていたバイブが唸り始める。
 もどかしい性的刺激にカイトは身悶えた。
 バイブはいつも突っ込まれてたものより小さめで、底の部分を残してすっぽりと膣内に潜ってしまうサイズである。その上からパンティとブルマを穿かされている。
 股間の布をずらせば、まだバイブを体外に落とすこともできるだろう。しかし手足が拘束された現状ではそれすらままならない。
「んんんん、んうーっ……」
 眠りについてからどれだけ時間が経過していたのか。バイブの電池はまだ衰える様子もない。
 なんとかバイブから逃れようとカイトは拘束された身ではかない抵抗を続けた。
 まるで男を誘うように腰をくねらしてしまい、この場に浩司たちがいたならしこたまそれを揶揄されたことだろう。
「んっ、んっ、んぅ!」
 苦し紛れに腿をすり合わせたりしても、余計な性的刺激を感じてしまうだけで徒労に終わってしまった。
 口腔を占有するギャグの横からみっともなく涎がこぼれてしまう。
 最弱に設定されたバイブの震動は、決して一気に絶頂へと運んでくれるようなものではないが、かといって無視できるほどの弱い刺激でもない。
 ある意味、煉獄のような責め苦といってもいい。とろ火で焙るようにじわじわと女の身をとろかされ、それでいてエクスタシーという解放は与えられないのだから。  なによりカイトにとって辛いのは、下腹から伝わる異物の震動が、絶えず女として犯されている実感を伴っていることだった。
 目をつぶっていてもバイブの存在と甘ったるい快感に、女の体を実感させられてしまう。
 男だったときの身体感覚がどんどん遠くなっていくようだ。
 そっと太股をとじ合わせてみる。そうすると改めて男性自身の喪失を思い知らされ、代わりに股間の奥で挿入された異物の蠢めく感触が伝わってくる。
 腿をぴったりととじ合わせていると、バイブが震えるたびに女としての快感がじかに流れ込んでくるようだった。
 まるで女として自慰しているような気になってしまい、慌ててカイトは両脚を開いた。
 バイブが休止期に入ると、カイトはため息をついて体の力を抜いた。
 この責めはいつまで続くのだろうか。明日、ムラタたちがくるまで延々と焦らされ続けることを思ってカイトは青ざめた。
 そのとき、教室の戸を優しくノックする音がした。
 首だけで振り向くと、磨りガラスの向こうに葵らしきシルエットが見える。
「入るわね……」
 と控え目な声で告げる葵。
(来るなっ!!)
「んんっ」
 とっさに叫ぼうとして、口に押し込まれたギャグのせいで不明瞭な呻きを発してしまった。
 こんな家畜同然の姿を葵に見られてしまうことに激しい抵抗感があった。
 だがカイトの願いもむなしく、葵は戸を開けて教室へと入ってきてしまった。
「カイト君、どこ?」
 昨日までの位置にカイトがいないため、葵は首を傾げている。
(そのまま、そのまま帰ってくれぇ!)
 心の中でカイトは祈った。
 四つ足で繋がれた姿を葵の目から隠そうにも、どこにも逃げ場はない。
 きょろきょろとあたりを見回していた葵が、床に小さくうずくまるカイトの姿を見出して、近づいてきた。
「そんなとこにいたんだ」
「………………」
「ねえ、どうしたの。具合でも悪いの?」
 カイトは俯いたまま無言。
 と、そのとき休止期に入っていたバイブが活動を始めた。条件反射的にカイトは腰を浮かせてしまう。
「あっ!」
 葵が小さく叫んで口に手を当てた。
 床から体を浮かせたせいで、カイトがレールに繋がれている様子がはっきりと葵の目に映ってしまったのだ。
 カイトが喋れない状態なのも、近くで見れば一目瞭然である。
 葵は無言でカイトの受けている拘束を確認しているようだった。乳首に取り付けられたチェーンで上半身を繋ぎ止められているという屈辱的な姿が葵の前に晒されてしまった。
 男としての自我を保とうとするカイトにとっては、これ以上ないほどの辱めに他ならない。
 突き刺さる視線にカイトは悲鳴を上げた。
(見るな! 見るな! こんな姿を見ないでくれ!)
 もっとも実際に口から出たのはそれこそ獣のような言葉を為さない唸り声だけである。
「……かわいそう、カイト君」
 葵はため息をつくように呟いた。
 そうやって葵に同情の眼差しで見られることは、ある意味浩司たちに嘲られるよりもよほど辛い。
「ねえ、カイト君……」
「んー、んー!」
 さしのべられる手から逃れようとカイトは身をよじった。もっともその結果はチェーンに引っ張られて形の良い乳房が変形しただけだった。
 葵は最初、カイトの口に嵌められたペニス・ギャグを取り外そうとしたが、金具がロックされていて鍵がない限り外れない仕組みになっていた。
 胸のチェーンとレールを結ぶ小さな南京錠や、手枷・足枷も全て、葵がどうこうできるようなものではない。
「ごめんねカイト君。ねえ、私どうしたらいい?」
「…………」
 どう答えたらいいか分からず、また答えるすべもなく、ただカイトは力なく左右に首を振った。
「どこか痛かったりする?」
 この問いにもカイトは首を振った。不自由な姿勢を強要され続けていることによる体の苦痛など、精神的苦痛に比べればないも同然だった。
 葵の手が所在を求めるようにカイトの背中を何度も往復した。獣をそっとなだめるような、優しい手つき。
 その優しい触り方は、これまでずっと強引に性感を開発されてきたカイトの肉体にとって、性的な刺激となってしまった。
「ん……」
「こうしてると少しは気持ちいいの?」
 快感を押し殺そうとした呻き声を、葵は自分なりに解釈してますます積極的に触れてきた。
 カイトはしばらくの間、性的刺激を堪えながら葵に触れられるままになっていた。
 葵に触れられるたびに、不思議とボロボロになった心が少しだけ救われるような気がしたからだ。
(こいつは奇妙な女だ。オレに一度助けられたことがあるってだけで、どうしてここまで親身になったりできる?)
 もしカイトが葵の立場なら、何人もの女をいたずらに犯してきたような人間の屑に同情したりしないだろう。少なくとも自分はそんな屑だったという自覚がカイトにはある。
(いや……こいつは単に世間知らずなお嬢様で、オレのことを大して知りもしないんだろうな。そうさ、だから孤児院に寄附して善人面する大金持ちみたいに、オレを憐れんでみせることで自己満足してるんだろ!)
 自分なりの結論を見出すと、カイトは身をよじって葵の手を避けようとした。
「んんっ!?」
 不意をつかれる形で、バイブの運動が開始された。
 既に感じ始めていたカイトの体は、淫らな震動を吸収して発情した。
「んぁぁ…………」
 うっとりとした声を出してしまってカイトは自分の欲情しきった声音にぎょっとした。このままではいけないと、情欲を鎮めようとする。
 両脚をなるべく左右に開いて深呼吸し、股間の疼きを忘れようとする。
 バイブの動作はちょうど絶妙な具合だった。一気にカイトを翻弄するでなく、それでいて淫らな感覚を持続させるには充分な刺激が繰り返されるのだ。
 ヴヴヴヴヴヴ……
 カイトは両手をぎゅっと握って、己の蜜壺への刺激をやり過ごそうとした。
「この音……。もしかして」
「んー。んんーっ」
 葵が表情を変えた。バイブの音に気付いたのだ。
 音だけでなく、カイトは自覚がないままもじもじと腰を揺すっていた。
「カイト君。あそこに……その、アレを、入れられてるのね?」
「んんんぅ……」
 その場に鏡があればカイトは自分のあまりの淫靡な姿に仰天していただろう。
 四つ足で拘束された美少女が、目を潤ませ、バイブの動作に合わせて腰を突き上げ震わせ、必死で快感に耐えているのだから。
「そっか……それで、苦しそうだったんだね」
「ん……」
「今、取ってあげるからね」
 葵は素早くカイトの後ろに回り込むと、ブルマの上から手をあてがってバイブの震動を確かめた。
 バイブの基底部が布越しにぽっこりと浮き出ている。葵の指がそれを確かめた。
 カイトは大きく身をよじることもできず、されるがままだった。
 一刻も早く生殺しともいえるような刺激から解放されたいという気持ちと、バイブを埋め込まれた姿を葵に見られることを恥じる気持ち。両者がカイトの中でせめぎ合っていた。
 カイトの中の葛藤を知るはずもなく、葵はブルマの縁に手を掛けた。
「んぅーーっ!!」
 自分の意志すら明確でないまま、カイトは叫んでいた。
「すぐ済むから、動かないで」
「んんっ!」
 下半身を剥き出しにされることへの抵抗感からカイトは自然と葵の手から逃げようとしていた。
 葵は難なく追いついて、ブルマを捲りながら膝の当たりまで引きずり下ろした。
 あとは男だったカイトにとって頼りないほどにちっぽけな布きれに感じられるパンティが一枚残るだけ。それをも葵は容赦なく脱がした。
(ああ……見られ……てる……)
 カイトは喘いだ。
 女の細い指が尻の肉をかき分け、膣に差し込まれた樹脂製の異物を発見した。葵がそれに手をかけた途端、タイミング良くバイブが震えだした。
「んぁっ!」
「大丈夫。カイト君、ゆっくりと息吐いて、そこの力を抜いて。ね?」
「ん、う……」
 葵はゆっくりとバイブを引き抜こうとする。
 長い間膣に収まっていたそれは、まるで安住の地を見つけてしまったように引き抜こうとする力に抵抗していた。
 葵が力を入れて引き抜こうとするたびに、妙な具合に力が働いて膣壁がこすられて甘い疼きをもたらした。
 膣口が別な生き物のようにひくひくと動いて葵の邪魔をしているみたいだった。まるでお気に入りの玩具を手放そうとしない駄々っ子のように……。
「緊張しないで。ゆっくりと息を吸って、吐いて」
 カイトはぎこちなく頷いた。
 ここまできたら、もう葵の言うとおりにするほかなかった。
 息をゆっくりと吸って、ゆっくりと吐く……
 葵は一定のスピードでバイブを引っ張り出した。
「んぅ…………」
 温かい体液にまみれたバイブが完全に引き抜かれた瞬間、ぶるりと体が震えた。
「これでよし、と」
 葵はティッシュを床に敷いて、その上に小型のバイブを置いた。
 責め苦から解放されてカイトがほっと息をついたときだった。葵はなぜかさらにティッシュを取り出した。そして、それをカイトの股間へと運んだ。
 そのときカイトは理解した。膣内部から、男の精がとろとろと逆流していたのだ。
 ハネダによって膣内に射精されたあと、蓋をするようにバイブを差し込まれていたから、いまさらのように饐えた匂いのザーメンが垂れ落ちてくる。
 葵は何事もなかったようにカイトの股間を拭いたティッシュを折り畳んでバイブの横に重ねた。
 そうやって世話をされている間、カイトは死にたいと思うほどの屈辱を感じていた。
 と同時に体の奥でカイトの意思と関わりなしにわななく器官がある。
 ひくっ……ひくっ……
「!」
 女の体になって何日も経ついまでは、カイトにもはっきりと自覚できた。雌の器官が物欲しそうにひくついている……!
 一度自覚してしまうと、体の火照りは誤魔化しようがなくなった。
 中途半端にたかぶらされた女体が、行き着く先まで行くことを求めているのだった。
 女の体の本能で、完全に無意識のうちにカイトは両腿をすり合わせていた。
 腿をぴったりと合わせてこきざみに擦ることで快感を得ることができる。もどかしく、遠回りな欲望の解放ではあるが。
 女体という器に囚われて、カイトはどうしようもなく雌として発情していた。目が潤み、触られてもいないのに乳首がツンと尖った。
 葵はすぐにカイトの様子に勘づいたようだった。
「そっか……ずっとあんなモノ入れられてたんだもの。苦しかったよね? いま楽にしてあげるから」
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 カイトの花弁にまとわりついた蜜を指にまぶすと、そっとその指を秘裂の中へと挿し入れてきた。
 ギャグをかまされていなかったら、カイトは大声で悲鳴をあげていただろう。
 完全に予想外の葵の行動だった。
「んぅぅぅぅ……」
 拘束された身でよたよたと這って逃げる。もっともカイトに許された自由はレール上のほんの数十センチに過ぎない。すぐにレールの端で身動きがとれなくなった。
 カイトの尻をまるで物乞いするように葵に向けて突き出されている。
 葵はやすやすともう一度指を挿入してきた。
 一度、二度指が出し入れされると、カイトは目の前で星が飛び交うほどの快感に直撃された。
 葵はやがてもう一本指を増やして、繊細な動きでカイトの体内の門をノックした。
「こうしないと……いまのままじゃ、つらすぎるでしょ?」
 葵による愛撫は続いた。
 カイトは一切抵抗できず、ただただ黙って快感に打ち震えるだけだった。
 真っ白になっていく頭の片隅でカイトは、大人しそうな顔をした少女の指先一つでここまで翻弄されるのかと愕然としていた。
 指が出し入れされるたびに無尽蔵のように蜜が溢れた。ちかちかと目が眩む。
 細くしなやかな指がつぷりと差し込まれ、その指の腹で蜜壺の壁がこそりと掻かれる。
 刺激される場所がだんだん核心に近づいているようだった。
「そろそろ、いいかな」
 ぞろり。
 葵の指先がくねるように動いて、いわゆるGスポットと呼ばれる部位を掻きだした。
「んぅっ、んぅっ、んぅっ!!」
 自分でも意味不明な切羽詰まった声で反応してしまう。
 後戻りのきかないジェットコースターに乗せられたようなものだった。
 あとはひたすら滑り落ちていくだけだった。
 無心に指を動かし続ける葵。
 カイトは……
 真っ白な光に包まれて女としてのエクスタシーを迎えた。
 何度も膣が収縮して挿入されたモノをしめつけようとする。それは本来、男のペニスを刺激して精を絞り出そうとする女体の機能だ。
 カイトが深いエクスタシーに達したのを見て取ると、ようやく葵は指を抜いた。
 カイトはうつぶせに倒れ、肺にたまっていた空気を弱々しく吐き出した。いまだ体と心に浮遊感が残っている。
 もたらされた恍惚感の中で、カイトは自分が狂ったように甲高い声で啼いていることに気付いた。犯されて悦びよがる女の声だった。
 カイトがまだぐったりとしているうちに葵が濡れた秘部を拭いて、ブルマを穿かせてくれた。 カイトは小さく鼻を鳴らして、そのことに謝意を示した。
 時間が経つうちに、飛びかけていた意識がようよう戻ってくる。
 ずっと体の中に溜まっていたもやもやは消し飛んでいて、すっきりとした気分になった。不本意ではあったが、葵の処置は効果があったのだ。
 葵はカイトの回復を待ってずっと傍らに腰を屈めていた。
 顔をあげると思いがけず葵と間近で目があってしまい、カイトは顔を逸らした。
 葵のしたことが結果的に間違ってなかったとしても、ことの直後に彼女の顔を正視する気にはなれなかった。
「カイト君は女の子のこと嫌い?」
 不意に彼女にそう訪ねられたとき、カイトはなんら答えを持ち合わせてなかった。
「女の子になった自分を嫌いにならないで。それだとこの先、カイト君自身が余計つらくなってしまうから……」
 葵の真意が掴めず、カイトは曖昧に首を振った。
「私は女の子になったカイト君を好きでいられるから」
 そう言って葵はカイトに寄り添うようにひざまずき、チェーンを気づかいながらカイトを抱きしめた。
 女同士で頬がこすれた。桃のようないい匂いがするとカイトは思った。桃よりもまだ瑞々しく滑らかな肌が触れ合うと、純粋に心地が良かった。
 カイトの心の中ではずっと一つの疑問が堂々巡りをしていた。
(どうしてこの女は、オレを好きだなんて言えるんだ? そんな奴は偽善者か、頭がおかしいだけなんじゃないのか……?)
 その疑問に答えが与えられるのはずっと後のことになる。
 葵の抱擁はカイトが戸惑うほどに長く続いた。
 やがて体を離した葵は、なにげない手つきでカイトの乳房に触れた。
「んぁっ!?」
 愛撫というよりは医師の触診のように、乳房の下端から乳首へ向かって触れていく。
 二、三度それを繰り返すと、葵は呟いた。
「少し張りがあるみたい。近いかもね」
「んんう……?」
 何が、と尋ねようとしたそのニュアンスは葵に伝わったようだった。
 一瞬口ごもってから葵は口にした。
「……生理」
 ぞわっと全身の肌が粟立つようだった。
 喉元に刃を突きつけられる感覚にも似ていた。もうすぐお前に生理が訪れる、と宣告されるのは。
 すっと葵が立ち上がる。
「女の子である以上、それは避けられないものだから……」
「…………!」
「だから、それは合図になってるの。フェーズ2へ移行する」
「?????」
 どう反応していいか分からないでいるうちに葵はいつものように「また来るから」と言い残して立ち去っていった。
 彼女の言葉の真意は分からないままだった。
(クソッ! 考えても頭が混乱しやがるばかりだ!)
 カイトは考えることを放棄し、拘束の範囲内で身を横たえた。
 体の中に仄かに残る温もりの正体は、セックスの名残ではなく抱擁のときに伝わってきた葵の体温だった。

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