『秘密』

6

 やがて季節は駆け足で秋を過ぎ、冬になりました。
 クリスマスが近づくにつれて、私は一人の男子生徒に目を奪われ、心が惹かれてゆくのを強く感じました。彼は同級生で、女子生徒の人気も高く、ほとんどの人に好青年と呼ばれている人気者でした。
 この人だ。
 彼にチョコレートを渡してセックスをすれば、彼を女にして、自分は男に戻れる。
 私の直感は、彼が運命の人だと告げていました。
 気がつけば授業中でも彼の背中を追うようになり、常に彼のことを注視するようになった私に、友達が気づかないはずはありません。
 よかったじゃない、似合いのカップルになるよ。
 早く告白しなさいよ。
 級友の後押しにも関わらず、私は今ひとつ踏み切れなかったのです。
 理由の一つは、まだ早いということ。
 バレンタイン前に告白してセックスをして戻れるかどうかはわかりません。もしだめだったら、私はむだに処女を捧げたことになってしまいます。男に抱かれるなんて、考えただけでぞっとします。そんなことは一度だけで十分過ぎるほどに十分です。
 そしてもう一つの理由は、彼の本心がわかってしまうこと。
 元が男であっただけに、男の欲望も、女の知らない心理の裏まで私にはわかるのです。彼が女性を見る時の視線に下心が透けて見えます。
 私が処女だということも、なぜか彼は知っているようでした。どうやら親しい女友達から漏れ聞いたようです。その彼女とセックスをしているという噂も何度か耳にしました。
 しかし一見はさわやかな笑顔も、一枚皮を剥げばそこにはオスの嫌らしい欲望が渦巻いているのが私にはわかります。

 彼が何気なく装っている視線も、胸や腰に行っているのが、男の心を持っている私には手に取るようにわかります。だって、私が彼の立場ならば同じように視姦したでしょうから。私がどのように反応するか、頭の中で何度も犯し、それをオカズにしてオナニーをしているに違いありません。
 きっと彼の妄想の私は、ベッドに横たわってタオルケットを腰にかけ、下着の上からこっそりと股間を撫でて、声を押し殺しながら禁断の快感に罪を感じているのでしょう。
 しかし現実の私、生徒会書記(そうです。私は書記にと推され、生徒会役員を任されていました)である真面目な私が、実は心は男で、夜な夜な全裸で羞恥オナニーや夜中の公園で露出オナニーをしているだなんて誰が思うでしょうか。
 わずか一年の間に、私の自慰はより過激に、処女膜こそ破ってはいないものの、かなり太いバイブレーターが入るまでになっていました。鏡で見る処女膜の裂け目は、初めて見た時と比べるとかなり広がっていました。これならばペニスを受け入れても、そうは痛くならないはずです。
 実際、ヴァギナの入口にバイブを挿入してクリトリスの裏を突くようにしながら、アヌスを指でかき回すのがその頃の私のオナニースタイルだったのです。
 既に痛みはなく、あそこから胃袋、そして喉元へと淫らな溶岩がどろどろとわき上がってくるのを感じるほどになっていました。
 しかし絶頂を感じた後には、深い後悔と空しさが私を襲います。それでも、自慰はやめられませんでした。
 美人であるということは、つらいものです。
 無遠慮な男の舐めるような視線もそうですが、女性にとっては褒め言葉でも、私にとってそれは屈辱的な言葉となります。可愛いねとか、美人だなどと言われれば、表面上は喜んでみせますが、心の中には、どす黒い溶岩のような様々な負の感情の入り交じった物が渦巻いていました。

 私の高校2年生の生活は、勉強とオナニーに明け暮れたと言っても過言ではありません。
 ことオナニーにおいては、私の体は最高のオカズでした。何度見ても飽きることはありません。私自身がオナニーをしている姿をネタに、妄想の中でペニスをしごいて汚しました。下品な言い方ですが、ある意味で究極の自家発電でしたね。それほど私の体は肉感的で、男をそそるものでした。
 性感帯も自分自身で開発したようなものです。鏡の前でヴァギナやアヌスだけでなく、腋や太腿まで、ローションで濡らした自分の指でなぞったり、羽でくすぐったりしてみました。
 白濁した愛液が出るというのも驚きでした。最初、私は精液が出てきたのだとさえ思ったくらいです。しかし、匂いを嗅いで違うとわかり、ものすごくがっかりしたのを今でも鮮明に憶えています。
 ですが、やがてこんなオナニーも膨れ上がる私の欲望を満足させられなくなってしまったのです。
 あとは急な坂道を転げ落ちるように、どんどんと堕落していきました。とうとう、普通の環境では満足できなくなってしまいました。
 学校で男子生徒の椅子にラヴィアを直接擦りつけたり、誰も居なくなった教室で全裸になって、大股開きのオナニーさえしました。学校のトイレに入ってはオナニーをし、夜中にこっそりと家を出て外でオナニーをしたりと、この頃の私は淫乱女そのものでした。
 父のハンディビデオをこっそり持ち出しては、夜の公園や公衆便所、デパートの試着室などでオナニーをする自分を撮り、それを見ながらまたオナニーに耽ったものです。この時のテープがまだ、今もたくさん残っています。
 倒錯的であればあるほど、私の淫らな欲望は満たされ、一時的に憂鬱な感情を抑えることができました。今ならば、私にかけられた呪いがそうさせたのだということがわかります。恐らく、先輩もまた同じ道を通ってきたのでしょう。

 いよいよバレンタインデーが近づいてきました。
 彼に対する想いは日を追う毎に募っていき、私が女であることを強く意識せざるをえませんでした。強烈な恋慕の情が、女にさせられた力が関わっているものなのか、それとも自分の本心なのかわかりかねるほど、気がつけば、いつでも彼のことを考えるようになっていたのです。
 2月に入ってからは、彼の姿を脳裏に浮かべながらオナニーをしていました。自己嫌悪と情けなさが私の心をぐちゃぐちゃにかき乱し、いつもよりずっと感じていました。
 バレンタインを翌日に控えた日は、いつにも増して気が重かったのをはっきりと憶えています。前日から生理を迎えていたのも、憂鬱な気持ちに拍車をかけていたのでしょう。
 母は嬉しそうに、私がチョコレートを作る手伝いをしてくれました。
 どんな子なの? と訊く母の問いを曖昧にはぐらかし、迷い、悩みながら、ハート型の型に湯煎で溶かしたチョコレートを入れて冷やしました。上にはシンプルにカカオパウダーと粉砂糖を振りかけるだけにして、赤と白のチェックの紙で小箱に入れました。メッセージカードは作りませんでした。
 さあ、これで明日、チョコレートを渡して‥‥セックスをすれば、私は男に戻れる。
 嬉しいはずなのに、逃げ出したい気分でした。
 やはり、セックスをするのが怖かったのです。
 たった一度だけ、男に抱かれることをガマンすればいい。これだけ慣れているんだから、きっと痛くないはず。
 翌日には男に戻って、彼に”女”を押しつけることができるはずなのに、私は悶々としてなかなか寝つけませんでした。
 そして私の手はいつしか下半身に伸びていました。女として最後のオナニーだと思い込むようにし、私は生理血にまみれながら、日にちが変ってからも、いつまでも快感を貪っていました‥‥。

 でも、結局、私は彼にチョコレートを渡せませんでした。
 怖かったのです。
 まだ男に抱かれる決心がつかなかったと言えば格好はいいのでしょうが、その実は、単に脅えていただけでした。
 こうしてバレンタインデーは過ぎてゆき、私は恐ろしいことに気づきました。
 そう。
 もう残されたチャンスは一度しかないのです。
 私は焦りました。
 この次は誰であろうとチョコレートを渡し、抱いてもらう。そして男に戻るんだと自分に言い聞かせながら、私は機会を待ち続けました。
 しかし、私に次の機会が訪れることは無かったのです。

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