「シスター・プレイ」

 フィアナは柔らかな陽射しの中で目覚めた。
 白いシーツの敷かれた寝台に横になっていた。身を起こすと、傍らには黒髪の少女が寝台に腰をかけてじっとフィアナのほうを見ていた。
 この少女は……
 見覚えのある顔。その顔は複雑な感情を呼び起こす。誰だっけ、と考えて不意に頭の中に答えが浮かび上がった。
「美奈様……」
「おはよう、居眠り娘のフィアナ」
 そうだ。美奈様だ。美奈様……?
 首を傾げて頭を整理していると、すぐに思い出せた。フィアナを奴隷商人から買い上げてくれた女主人の美奈様。
 フィアナは、エルフの里を襲った蛮人たちに捕まって、奴隷商人に売られてしまったのだ。エルフの娘は蛮人の格好の獲物である。そして地方領主の娘である美奈に買われ、美奈の住むシャトーでメイドとして働いている。
 シャトーでの暮らしは、奴隷市場で鎖に繋がれていたときより、はるかに楽だ。だから、フィアナは女主人である美奈様に感謝しなければいけない。美奈様の命令はどんなものであっても服従しなければいけない。
 まるで物語でも読むようにスラスラと頭の中にそんな考えが浮かんでくる。
 横たわっていた上半身を起こすと、シャランと金属の擦れる音がした。ちょうど首のあたりで音がする。
 手を伸ばして確かめると、首に細い金属製の首輪がはめられていた。魔法で装着したのだろう。継ぎ目のようなものはない。その首輪に、人間たちの神を表す聖十字の形をした銀細工が取り付けられている。
 息苦しい気がして首輪に手をかけたが、継ぎ目のない首輪を外すことなどできない。
 それを見た美奈がふわりと微笑んだ。
「まあ。その首輪の意味を忘れたわけじゃないわよね?」
「あ……」
 首輪は、フィアナが美奈に従属する印だった。
 聖十字の銀細工の裏側には、美奈のイニシャルが刻まれている。
 首輪と銀細工が擦れてシャラシャラと音を立てるたびに、フィアナは自分が美奈の所有物であることを思い知らされる。
 そのための、首輪だ。フィアナは、女主人に絶対の服従を誓って自らこの首輪を受け入れた。美奈が望まない限り、この首輪は一生、フィアナの躰の一部となる。
「どうなの、フィアナ?」
 にこにこと笑いながら、美奈が尋ねる。
 どうすればいいか、全ては頭の中に入っていた。
 美奈の前に立ち、両手を前に揃え、深々と頭を下げる。
「申し訳ありませんでした、美奈様」
「わかればいいのよ」
「はい。美奈様が優しい御主人様で良かったです……」
 しおらしいフィァナの言葉に、美奈は勝ち誇ったように声を立てて笑った。
 一抹の屈辱感がよぎったが、すぐにこれでいい筈だと思い直した。このシャトーで暮らすようになって数年。ずっとこうしてきたのだから。しょせん、自分は非力なエルフの娘だ。反抗するなど、考えられない。
「なんだか喉が乾いたわ。お茶を持ってきて」
「はい、かしこまりました」
 こく、と小さく頭を下げ、フィアナは炊事場へと急いだ。シャリ、シャリ、と首輪が繊細な音をたてる。
 途中の廊下で、しみひとつなく磨かれたガラスにフィアナの全身が映った。
 その姿に思わず足を止めてしまう。
 春のそよ風のようにうっすらと金色にけぶる髪の毛の見事さ。エルフ特有の月光のように白い肌と、小さな顔。瞳の色は、深い湖の底のようなダークブルーだった。
 なんて綺麗なんだろう、とため息がこぼれた。
「でも自分のことを綺麗だなんて……」
 と、戸惑いと恥じらいで頬に血がのぼってくる。
 へんな考えを振り切るように、ガラスから目を逸らして、走り出した。
 鏡や水面の中に何度も見てきた自分の姿なのにどうして動悸が早くなるのだろう。それがフィアナには不思議だった。
 胸に手をやると、やわらかいふくらみの下で心臓がトクトクとせわしなく脈打っていた。胸のふくらみを感じた手のひらに思わず力が入った。すると、ふくらみの先端が押されて、胸に小さな痛みが走った。
 なんだこれは?
 と思うそばから、乳房じゃないか、と自問自答していた。美奈ほど立派なふくらみではないけど、華奢な体形のエルフ族としては大きめの乳房だ。階段を降りると、乳房が微妙に上下動して奇妙な感触だった。
 さきほどから続いている違和感の正体を掴みたかったが、それよりも美奈の要求に応えるほうが先だった。なぜならフィアナは、美奈の忠実なメイドなのだから。
 トレイに陶器のティーセットを一式載せて、急いで美奈の寝室に戻った。
「お待たせしました」
 フィアナがそう言うと、美奈はクスッと笑ってカップを取りあげた。
 注がれたお茶を美味しそうに飲む美奈。
 フィアナはかたわらに立って、美奈の次の命令を待っている。
「あら……」
 不意に美奈が声をあげた。
 お茶を、胸元にこぼしてしまったのだ。
「美奈様……!」
「あらら……困ったわ」
「服を替えませんと……」
「じゃあ、あなたが脱がせて」
「かしこまりました」
 フィアナは美奈のドレスの編み上げをほどいて上半身をはだけさせた。
「待って」
 上半身が裸になったところで、美奈が呼び止めた。
「服に染みたお茶が、胸も濡らしてしまったわ」
「はい」
「きれいに拭き取ってちょうだい」
「はい、ただいま……」
「違うのよ。ごわごわした布で拭かれるなんてまっぴら。あなたの舌で丁寧に拭ってほしいの」
「え? でも、そんなこと……」
 驚いて戸惑うフィアナに、だめ押しのように美奈は迫った。
「それとも私の命令に逆らうのかしら?」
 そう言って、フィアナの首輪に細く白い指をかけた。
「い、いえ……かしこまりました」
 ため息をつくと、フィアナは屈み込んだ。美奈の白くふくよかな乳房におそるおそる舌を這わせる。
 ぴちゃ、ぴちゃ……
 舌が触れるたびに、雫の落ちるような音が出た。
「そうよ、フィアナ。もっと丁寧に舐めて……隅々までね」
 フィアナの舌が可憐な乳首の先端を擦ったりすると、美奈はぶるりと躰を震わせる。上目づかいの美奈の表情をうかがうと、なにか衝動を噛み殺すような表情をしていた。押し殺してはいるが、息が荒くなっている。
 不思議な背徳感を覚えながら、フィアナは舌を動かし続けた。
 やがて、ため息混じりに美奈が言った。
「もう、いいわ……」
 やわらかな果実のような感触に名残惜しさを感じつつ、フィアナは乳房から顔を離した。二つの形のいいふくらみを思いきり触ってみたいという欲求がフィアナの頭の芯のところでくすぶった。
 女主人じゃなければ、そうしていただろう。フィアナには女同士で愛し合った経験などない。だが、女性のしどけない姿態を目にして、奇妙に心の一部が騒いでいた。
「うふふ……あなた、なんて顔してるのかしら」
「あ、いえ……」
「いいのよ。私の裸に見とれていたんでしょう?」
「……はい……」
「あははは。フィアナちゃんは素直だねえ♪」
「お……おそれいります」
 顔を赤くして、フィアナは俯いた。美奈の指摘が妙に恥ずかしかった。
「じゃあ、ここもフィアナに綺麗にしてもらおうかしら。お茶が下の方にもこぼれてしまったみたいなのよ」
 美奈はドレスを下着ごと脱ぎ捨てた。
 フィアナの首をかかえて、自分の腰へと導く。
 美奈の力は強く、フィアナは抵抗できなかった。
 女性の秘部がフィアナの眼前にあった。同じ女である以上フィァナにも同様のものがあるはずなのに、それを見て驚きが隠せなかった。
「さあ、舐めてくださる? それともこういうのはイヤかしら?」
「でも、私は……」
「あなたは絶対服従するメイドだったはずよね?」
「あ……」
 その通りだった。こくり、とフィアナは頷く。
「じゃあ、始めてちょうだい」
「……かしこまりました」
 言われるまま、フィアナはちょこんと舌を出して、美奈の蕾を舐めた。
 ほんの舌の先端がかすめただけで、美奈は声をあげた。
「はんっ……!」
 ふるるっと美奈の全身が震える。
 じわりとしみ出た透明な蜜をすくい取るように舌を動かした。
 フィアナの両肩におかれた手に力が入った。絶え間なく美奈の口から喘ぎ声がもれてくる。
 女の蜜の匂いが、フィアナを高ぶらせた。
 夢中で舌を動かし、愛撫した。隠された真珠のような突起も掘り起こし、可愛らしくふくれたそれをそっと舌の上で転がした。
「あ……はうんん……」
 フィアナ自身の股間にずんと響くような喘ぎ声だった。
 フィアナの内で強い衝動が頭をもたげた。
「ダメ……もう我慢が……」
 フィアナは片手でスカートを乱暴にたくしあげ、下着の中に手を入れた。そこに、ある欲望で張り詰めた器官を求めて。
「あれ? なんで? 無い!」
 フィアナは思わず叫んでいた。
 張り詰めた器官に触れるはずの手は、むなしく空振りしていた。
 代わりに、熱く濡れた泉のような場所に指先がぶつかっていた。
 フィアナの躰の真芯に、甘い痺れが走った。それは快感であると同時に、大きな戸惑いを呼び醒ました。
 フィアナの戸惑いなど知らぬげに、美奈の手がフィアナの乳房に伸びた。固く張り詰めていた胸の先端を指できゅっとつままれて、あられもない声がフィアナの口から飛び出した。
 そのまま美奈は両手でフィアナの胸を包み込み、粘土細工のようにもてあそぶ。
 胸のふくらみに加えられる愛撫に、フィアナの意識は流されそうになった。必至で理性にしがみついて、自分の感じている「何か」に思いを巡らせる。
 何かがおかしい。
 胸をいじられる快感は未知のものだ。
 それに、股間に触れたときの、あの違和感……
 どうして、あるはずのものが……
 あるはずの……
 フィアナは自分にあると思いこんでいたモノの正体に気付いて愕然とした。男の欲望の象徴。それが、女である自分の躰についているわけがない。だが、同時に、それがないことが、ひどくおかしいことにも思えた。
 次の瞬間、フィアナの頭の内で落雷のようにパッと光が閃いた。
 覆い隠されていた記憶に手が届いたのだ。
 がばっと身を引き離すフィアナ。
 さらに数歩、後ろへ下がる。
 寝台の上で美奈が悪魔のように微笑んでいた。
「どうしたの? 女主人の命令よ、こちらに来なさい」
「いやだ……」
 しぼり出すようにフィアナは言う。女主人に逆らうことへの抵抗感から全身が震える。しかし、これは全てまやかしだ、とフィアナ……九條京(くじょう・けい)は自分に言い聞かせた。
「美奈! ……おまえの仕業なんだな、これ!?」
「あー」
 美奈は口をとがらせた。
「つまんなーい。もう初期設定が剥がれてきちゃったのォ?」
「なんだ、その初期設定ってやつは!」
 叫んだ京は改めて、自分の声の可愛らしさに愕然とする。
 そして、目の前で女王然と自分を見下ろしている美奈のヌードから目を逸らした。
「美奈様、いや美奈。いいかげん服くらい着たらどうなんだ」
「あら、メイドのくせに女主人に指図するの?」
「う……」
 高圧的に言われて一瞬、京はフィアナに戻っていた。びくっと身をすくませてしまう。
「あはは。まだフィアナちゃんの反応も残ってるみたいね。かーわいいー」
「こいつ。悪質なイタズラにもほどがあるぞ!」
 京/フィアナは次第に置かれた状況を把握しつつあった。
 西洋風の地方領主の娘がなぜ美奈などという日本名なのか。そもそも、ゴシック建築に細部で様々な国の美術意匠がミックスされたこの城の存在自体、実在のものではない。
 そんな当たり前のことを疑問に思わず受け入れてしまっていたのも、全ては美奈のいう「初期設定」のせいである。
 この不条理な世界は、あきらかにVRゲームの世界だ。
 女主人こと美奈は本来、京の双子の妹なのである。
 美奈がVRゲームの世界を設定し、そこに京を引き込んだに違いなかった。どういう経緯でゲームに引き込まれたかは記憶が曖昧になっていて、思い出せなかった。ただ、美奈がどうしてこんなことを計画したかについては、思い当たる節があった。

 数日前のことだ。
 京が学校から帰宅すると、いそいそと美奈が迎えに出てきた。
「おかえり兄貴!」
「………………」
「な、なによーその渋い顔は。せっかく可愛い妹がお出迎えしてるのに」
「その顔、絶対なにか企んでる」
「兄貴にプレゼントがあるんだってば。ほら、バレンタインのとき家族義理チョコ忘れてたから、その替わり。服買ってきたんだよ」
「ほーう?」
 その時点で京は確信していた。
 その服とやら、ロクなもんじゃないと。
「ホラ! 可愛いメイド服ぅー! じゃじゃーん! やったネ、兄貴!」
「じゃな」
 スタスタと京は二階の自室へあがっていった。
 後ろで美奈があれやこれやと理屈を並べていたが、耳を貸すつもりは一切ない。
 学校では「神童」「天才」として有名な美奈だが、厄介なことに小さな頃から兄である京に歪な愛情を押しつけてくる。
 京がベッドでくつろいでると、美奈はしつこく部屋まで乗り込んできた。
「ねえねえ、メイドさんになってよう兄貴。それで、メイドと女主人ごっこしようよぅ」
「するか!」
「ええー? 特別に私のおっぱい触らせてあげるからぁ」
 手で持ち上げて強調した胸をむにゅうと押しつけてくる。その攻撃にはさすがに京もたじろぐ。
「ばかっ、おまえ、恥じらいはねぇのか!」
「えい。うふふっ……」
 惜しげもなく、高校生にしては立派すぎるふくらみを押しつけてくる。無邪気というよりは、それが女の武器だと自覚しきった攻撃だった。
「いいかげんにしろっ」
 あらっぽく美奈を突き飛ばした。いつまでもその調子で挑発されては神経が持たない。
 乱暴に突き飛ばしたことで少しやりすぎたかと心配になり、京は妹の顔を覗き込んだ。
「おい…………」
「もういいっ!」
 美奈は立ち上がると、目に涙を浮かべて引きあげていった。
「ったく、あいつは……」

 ……などという一幕があったのである。
 どう考えても、そのときの意趣返しで美奈が仕組んだに違いなかった。
「下らないこと考えやがって……」
「ふーんだ。兄貴が最近、面白いVRゲームがないなんていうから、特別製のを作ってあげたんだよ」
「こんなキャラでプレイして楽しいわけあるか!」
 京は、ほっそりとした女エルフの躰を見下ろして言う。首に巻かれた首輪が重く感じる。
 そして、その下にある胸のふくらみ。そこの部分だけ、乱れた服のしわが妙になまめかしい。さっき、美奈に揉まれたときの悩ましい感触がいまだに胸に残っていた。
「そう? さっきはそれなりに楽しんでたみたいだけど?」
「くう…………」
 ククッと邪悪に笑う美奈。それを憮然として睨む京。
「兄貴のその躰には、いろいろと設定してあるから。可愛い女の子にしてあげたんだし、存分に楽しんでよね。そうそう、その可愛い顔だけど、兄貴を知ってる人が見れば分かると思うよ。兄貴のDNAをもとにアレンジした顔だからね」
 先ほど京が廊下で自分の姿を見たとき、性別や髪の色はともかくとして、ガラスに映る姿を完璧な別人だと感じなかったのはそのためだった。
 女らしいほっそりとカーブを描いた顔の輪郭になって、睫毛も長くなったりして紛れもない女の顔だが、京の面影は残っている。髪や瞳の色、体形が日本人だったらば、美奈と並んで姉妹のように見えたことだろう。
「ったく。つき合いきれないぜ」
 京は吐き捨てるように言った。
 京としては、美奈のイタズラにいつまでも付き合うつもりなどなかった。
 もう充分、屈辱的なところを見せてしまった。美奈に施された「初期設定」……偽の記憶のせいで、よりによって実の妹を「様」づけで呼んでしまい、メイド奴隷として性的な奉仕までしてしまったのだ。
 瞬きを二度、パチパチと繰り返す。いったん、間を置いてから、またパチパチと瞬きする。これは、多くのVRゲームで採用されている緊急離脱用のプロトコルだった。
 バグなどで閉じこめられたり、精神的負担の大きすぎる状況に陥ったとき、プレイヤーの安全のために、簡単な身振りなどでVR世界から離脱できるよう、緊急離脱プロトコルはどのゲームにも実装が義務付けられている。
 ところが、瞬きの合図では緊急離脱プロセスが働かなかった。
 あわてて京は、舌で上顎を叩いた。瞬きがダメなら、これでいけるはずだった。
「なんで……」
 緊急離脱プロセスがまったく反応せず、京は愕然として呻いた。
「だってこのゲーム、あたしのカスタムだもん」
 勝ち誇って美奈は言う。
「でもネットで評判になって、全世界からたくさんのプレイヤーがアクセスしてるんだよ。ふつうの人にとっては、ふつうのファンタジーVRゲーム。ただし、アダルトシーン有りだけどね」
 ネットでアマチュアが流通させるVRゲームは、正規のものと違って、性交渉を再現できるVRエンジンを積んでいることが多い。だが、それにしても、緊急離脱ドアのないゲームでは危なっかしくて、誰も見向きもしないものだ。
「要するにね、特定の経路でネットワークにアクセスしたプレイヤーだけ、緊急離脱を無効化してあるのよ」
 美奈が勢いよく立ち上がると同時に、彼女の体にドレスが出現した。
 このVR世界の設計者である美奈はいわば創造主である。たいがいの不可能は可能になる。
「さーて。兄貴、イッツァ・ショーターイム!」
 涼しげな声で、美奈は宣告した。
「なに!?」
 美奈の手には、いつのまにか鈍く光る金属製の工芸品がのっていた。
「このアミュレットの魔力を使えば、現実世界へのドアを開くことができるよ」
「じあ、はやく寄越せ!」
「ダーメ」
 ぺろっと舌を出して美奈は要求をはねつける。
「あたしが満足してからだよ。まだまだ女になった兄貴の××な姿をたーっぷり見せてもらうからね。うふふ……」
「このサディスト! 変態妹!」
「エルフ娘のメイドがそんな口きいたら似合わないゾ」
 ふざけた口調で美奈は言う。
「それに……サディストで淫乱なのはホントのことだもん。いまさら兄貴に言われなくても、ね」
 と、美奈は開き直った態度をとった。
 カッときて、フィアナ/京は美奈に飛びかかった。
「悪ふざけもいい加減にしろ!」
 美奈の持つアミュレットを奪おうと手を伸ばす。
 一瞬早く美奈が反応した。
「フィアナ! 」
 びくん、とフィアナ/京の動きは止まってしまう。
「あらあら忘れちゃったの? フィアナはあたしに絶対服従するメイドだったでしょう?」
「俺をその名前で呼ぶな……」
 弱々しく喘いで、フィアナ/京は首を振った。
 美奈はすぐ目の前にいるのに、体が動かなかった。指一本動かせない。美奈の一声で全身が硬直していた。
「あたしの顔と声で名前を呼ばれるとね、あたしには逆らえなくなるんだよ」
「ぐ……くぅぅ…………」
「アハハハ。いくら頑張ってもムダ。そういうふうにプログラムされてるからね。いまの兄貴はなんでもあたしに従っちゃうメイドの姿をした操り人形なの! ね、フィアナちゃん」
 フィアナ、という名を否応なく押しつけられた。
 美奈は文字通り、全能だ。その気になれば、いともたやすく今のフィァナの心臓を止めることもできる。
 せめてもの抵抗に美奈を睨みつけるが、そんなフィアナの眼差しすら美奈にとっては心地よいものらしい。
「フィアナ、返事をなさい?」
「はい……」
「はい、何?」
「はい、美奈様…………くそぅ……」
 双子の妹に命令されて抵抗もできず従順にしたがってしまうことへの屈辱感で、フィアナ/京は目の前が真っ暗になった。
「なんだか緊張してるわねえ。フィアナ、もっとリラックスしなさい」
「はい、美奈様……あうう」
 フィアナの意識とはうらはらに、美奈に命令された通り、全身が弛緩していく。
「じっとしてなさいね」
 言いおいて美奈は自分からフィアナに近づくと、おもむろにフィアナの唇を奪った。
 ぱちぱちと戸惑いのあまりまばたきを繰り返してしまうフィアナ。
 女エルフの華奢な体格は、女の美奈にも簡単に抱きすくめられてしまった。
 肩に手を回されたうえで、唇を嬲られた。
 美奈は、ついばむようにフィアナの唇をくわえたり離したりする。やがて、美奈の舌が無遠慮に唇の間に押し割ってきた。別な生き物のように動く舌に口腔を愛撫され、その甘ったるい刺激に「ん……」と声が漏れてしまう。
 ようやくフィァナから離れた美奈は満足そうに舌なめずりした。
「こう見えてもね、ファースト・キスなんだよ?」
「し、知るか…………」
「兄貴とファースト・キスするのが夢だったの。VRの中だけど、夢が叶ったな。……もっとも、兄貴がこんな可愛い女の子になっちゃってるけどね」
 可愛い女の子、などと言われ、悔しさと羞恥に染まった表情をみせまいと、フィアナはそっぽを向いた。けれども、自分の口からもれる小さな息づかいさえ、すっかり少女のものになっている。
 その事実から逃れることはできなかった。
「どう、いまのキス。気持ちよかった?」
「そんなわけ、ないだろ…………」
「正直に答えなさい、フィアナちゃん?」
 びくり。フィアナ、と名指しされ、体が震えた。
「ちゃんとメイドらしい言葉遣いでね」
 もう、命令に逆らうことはできなかった。
「はい……とても気持ちよかったです、美奈様…………っ!」
 自分の口から出てきた言葉に打ちのめされ、フィアナはがくりと床にへたりこんだ。
「ふふ、いつも思い通りにならなかった兄貴がこんなに可愛くって素直になっちゃって。VRってサイコー! ねえ、フィアナちゃん」
「は、はい……」
 美奈の高笑いは、悪魔の声に聞こえた。
 じつの兄妹だからといって、情け容赦してくれる相手でないことはイヤと言うほど京には分かっていた。
 すぐ手を伸ばせば届くとこにアミュレットがあるのに、美奈にどうしても逆らえない。それがもどかしくてたまらなかった。
「美奈、様……」
「あははは! あの兄貴が様づけであたしを呼んでるかと思うとゾクゾクする!」
「…………」
「で、なに?」
「後でなんでもしますから、そのアミュレットを……」
「しつこいなあ。ダメったらダメ」
 美奈がアミュレットをひょいと放り投げると、それは空中で姿を消した。おそらく、どこかへテレポートさせたのだ。
「さて。フィアナにはメイドらしく、お茶のおかわりを持ってきてもらおうかしら?」
「はい……かしこまりました……」
「あはははは!」
 美奈の命令は絶対だった。空のトレイを拾って、フィアナは女主人の要求を満たすため動いた。初期設定のせいで自分を本当のメイドだと思っていたときと違い、いまのフィアナには「京」としての自意識がある。
 本人の意識は、美奈の気まぐれな要求をはねつけようとしているのに、プログラムに支配されてメイドとして動いてしまう。かえって、初期設定のままに動いていたときのほうが葛藤がないぶん、楽だった。
 どうやっても命令に逆らえず、表向きは恭しい態度でフィアナは淹れ直したお茶を運んできた。
「フィアナ、肩をもんでちょうだい」
「はい、美奈様……ぐぐぐ」
 やはり恭しい仕草で美奈の肩を揉むことしかできなかった。
「もういいわ」
「はい」
「メイドらしく次の命令をお待ちなさい。フィアナ」
「は……い……美奈、様」
 フィアナ/京は男として兄として屈辱的なメイドの仕草を強要され、美奈
の前で両手をエプロンの上で揃えて俯き加減で立った。
「ほーんと、すっかり従順なメイドさんだね」
「くぅ……」
「これが中身、兄貴だと思うとゾクゾクしちゃう」
 なにか言い返そうとしても、メイドらしくとの命令のせいで余計な口もきけなくなっていた。そのことが一層、悔しく、フィアナ/京は心の中で歯噛みをした。
「こちらを向いてごらん、フィアナ」
 声を投げかけられて、言われるままにフィアナは顔をあげた。
 美奈が目を細める。
「我ながら、傑作品だわね。兄貴の面影があって、加えてこのまばゆい金髪。それに……」
「あ……」
 美奈の手でおとがいを持ち上げられ、フィアナはかぼそい声を出した。
「それに、この神秘的な色の瞳。サファイアブルー……ううん、もっと微妙な色合いだよね。神秘的な森の精、エルフに相応しいわ。ほんと、計算以上のいいできだよ、あ・に・き」
 ちゅっ、と今度は軽くキスをする美奈。
「くっ…………」
 逃れようとフィアナは顔をそむけた。
「あー、反抗的。そういう子にはおしおきだね」
「な!」
「フィアナ。感じなさい!」
「え……きゃああああああああ!!」
 美奈の「命令」によって、全身の性感帯が発火した。
 数十人の手が一斉にフィアナの全身の敏感な場所をまさぐっているみたいだった。
 女みたいな悲鳴をあげてしまった。ちらりとそんな後悔が頭をかすめたが、それどころではなかった。
 躰の芯が甘く痺れ、体中のいたるところから快感が送られてくる。あっというまに固く尖った胸の先端が服の裏地にくいこみ、それがまた身悶えするほどの鋭い快感となった。
 股間が熱くなってとろけだしたように分泌された露が内腿を伝わった。じんじんと疼く快感は自分では全く制御することができなかった。
 何か叫ぼうとしても、意味をなさない喘ぎ声になるだけだった。
「あ、あ、……はんん……あふぅ……はぁはぁ、ああああああ」
 燃え上がった欲情を静めるため、自然と手が動いていた。左手は股間へと、右手は乳房へと。
 だが、そのとき美奈のにやにやとした表情が目に入った。
 フィアナ/京の反応を楽しんでいるのだ。
(誰が、こんな責めに屈するか……)
 歯を食いしばり、フィアナ/京は手を引っ込めた。
 が、その間にもどうしようもない疼きと刺すような快感が全身を支配しつつあった。
 手が自然に局部と胸へ向かってしまう。体の内側がとろとろと焙られるみたいにせつない感覚がこみあげてくる。それを迎えようと、無意識のうちに体をよじり、手を動かしてしまう。
「ん、はぁぁぁん…………」
「うわあ……兄貴、いろっぽい声」
「そ、そんな、これは……んんっ、あはぁぁぁ!」
 抗議しようとしたが、その前に脳天が甘く痺れて言葉を失ってしまった。
「それじゃ、軽くイッてもらおっかな。あたしの指が触れたのを合図にイッちゃってね♪」
 小悪魔の表情で美奈は命じる。
 そして、美奈の指がひょいとフィアナの口にねじ込まれた。
 ちゅくちゅくと、口腔内を指がかき回す。
「!? んああああああああああっっ!!!!!」
 美奈の命令に忠実に反応して、快感が爆発した。
 胎内で見知らぬ器官がきゅう、と収縮を繰り返すのをフィアナは感じた。頭の中が真っ白に塗り潰されている。
 抵抗など思いもよらぬほどの圧倒的な快感の奔流だった。京の男としての意識は完全に、女の躰の悦びに押し流された。
 獣のように淫らな吐息が長々と漏れ出た。
 ぴくんっ、ぴくんっ……
 子宮と膣、それに連動して愛液で濡れた内腿が収縮を繰り返した。
「アハッ。イッちゃった。女の兄貴のとろけた顔、かわいい!」
 京の意識は絶頂の波に洗われてとぎれとぎれだった。
 かすかに残る意識は、美奈によって手もなく絶頂を味あわされたことに怒りと情けなさを覚えていた。
 美奈のなぶるような言葉を遠くに聞きながら、意識がフェードアウトする。

 くたり、とうなじまで朱に染めて美奈の腕の中で力を失ったフィアナ。
 フィアナの口の端から、可憐な顔に似合わないよだれがひとすじこぼれていた。
 無防備なフィァナの寝顔に、美奈は満足そうに頷く。
「兄貴。……昔みたいにお兄ちゃんって呼んじゃおうかな。お兄ちゃんが悪いんだよ。あたしの気持ちに応えようとしてくれないから……だから、そんなお兄ちゃんにはとことん意地悪してあげる♪」
 意識のないフィアナをベッドに横たえると、美奈はフィアナの形の良い胸を揉みしだいた。
 マッサージでもするみたいに、大きくこねるように揉み回した。
「ううん…………」
 天使のようなため息が小さな唇からこぼれる。
 そのとき京は夢を見ていた。
 薄暗い水の中をどこまでも泳いでいく夢だった。
 胸が苦しい、とぼんやり思った。
 夢の中で、海の藻が胸に巻きついていた。
 藻がずるずる動くと、胸の肉がそれに合わせて形をかえた。なぜかその部分がとても敏感になっている……。
「……あ!」
 不意にフィアナは目を開けた。
 夢から醒めたとき、フィアナは横にされていて、美奈の両手で胸をこね回されていた。乳房を弄られて、フィアナは自分が人間でなく玩具として遊ばれているように感じた。事実、いまのフィアナは美奈のいい玩具である。
 夢から醒めても、悪夢は続いていた。
「おはよー兄貴」
 好き放題に胸をこね回されながら、フィアナは唇を噛んだ。
「はい、フィアナ。女主人である私に言うことがあるでしょ?」
「う……あ……」
 プログラムの強制力で、フィアナはよろよろと立ち上がった。
 消えたはずのアミュレットが足下に出現していた。
 アミュレットは鈍く光を放った。だが、フィアナはそれに気付かない。
 衣服の乱れを直すと、フィアナは美奈の前に立った。恭しく頭を下げて言う。
「美奈様、私のような至らぬメイドに御寵愛を賜りましたこと、なんと御礼を申し上げていいかわかりません……」
 そう言い終えたときフィアナ/京は周りの様子がおかしいような気がした。
 いつのまにか美奈が制服姿に戻っている。
「あ……れ……」
 京を縛っていた強制力もフッツリと消えている。
 目の前にあるのはVRプロジェクター……
 美奈がぺろっと赤い舌を出した。
「くるしゅうないわよ、フィアナちゃん♪」
「だ……れがフィアナちゃんだァ!」
 VRセッションを終えたばかりの目眩を堪えて京は叫んだ。
「いやーん♪ VR世界じゃあんなに可愛かったのにィ♪」
「全部プログラムのせいだろうがっ!」
「あら? でも兄貴のここ、ほら……」
「うあっ!?」
 知らない間にテントを張っていた股間を指でつつかれ、京は焦って腰を引いた。
「……こ・の・ド外道妹〜〜〜!!!」
 美奈は京の手をかいくぐり、きゃっきゃっと笑いながら逃げていった。
 京はVRプロジェクターからROMディスクを引き抜くと踏みつけて二つに割ってから窓の外に投げた。
「これからはVRゲームにも気を付けないとな」
 京はしみじみとつぶやいた。
 しかし先ほどのセッションを記録したビデオが後日、『フィアナと女王様の午後』という題でネットに出回って当分のあいだ京を悩ませたという。
 ……妹の異常な愛情に振り回される京の明日はどっちだ!?

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