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 その荒い呼吸が段々と落ち付いてくると、令の心も少しずつ冷静さを取り戻してくる。
 すると浮かんでくるのは猛烈な自己嫌悪と羞恥だった。
 −男なのに、あんなに大声をあげてよがり狂って……−
 次々と先ほどまでの自身の痴態が脳裏を過る。あの瞬間、令は完全に色に狂っていた。
 どんな言い訳を並べ立てようと、あれは令自身の意思で行った事なのだ。
 男の体で自慰をした時には、こんな気持ちにはならない。
 何故なら自分を納得させれるから。それはただの性欲処理なのだからと強がれる。
 万が一知人に見られても、場合によっては男だからと開き直れるだろう。
 ”やりたいからやった”のだと。
 だが先ほどまでの令はあきらかに違っていた。快楽に肉体も、そして精神も支配されて溺れた。
 我を忘れて快楽の虜になったのだ。それが例え様もなく恥かしかった。
「だけど……」
 そこまで考えて令は、先ほどの未知の快楽を思い出した。
 こんな快楽があるとは予想もしなかった。終わった後ですら信じる事ができないほどの圧倒的快楽。
 男の肉体ではおそらくどんな強力な麻薬を使おうと、ここに踏み込むことは適わないだろう。
 だが女の体は、何かに頼る事もなくその快楽を享受する事が可能なのだ。
 そして今の令には、その女の肉体がある……。
 手が無意識に動く。そしてそれが再び胸と秘部に触れるかと言う時……
「あらあら、女になっていきなり連続でオナニーなんて、令って随分と淫乱だこと。」
 突然の第三者の声。令は心臓が飛び上がるほと驚いてベットの上で跳ね上がった。
 慌ててベットの上で体を起こし、部屋を見まわす。
 するとそこには、令が今最も会いたかった人物が立っていた。
 そう、夢に出てきたあの女だ。令を女の体にした張本人。
 いつのまに部屋に入ってきたのかはわからないが、確かに夢や幻などではなくその女はそこに立っている。
 見事な漆黒の長い髪と、それに合わせたような黒い服。そして赤い瞳。
 間違いなく彼女だった。
「お…お前は!」
 怒りと恐れが交差し、令は突然の来訪者を全力で睨みつけた。僅かに拳が震える。
 だが彼女はそんな令を見て微笑するだけだった。
「可愛い女の子に、そんな恐い顔は似合わなくてよ。」
「な……だ、誰が可愛い女の子だよ!」
「あら? 私にはその刺激的な今の貴方の姿は、どう見ても女の子にしか見えないわよ?」
 指摘され、令はようやく今の自分の状態を思い出す。
 今、令が身につけているのは前のはだけたパジャマの上着のみ。
 それすら先ほどの痴態で前が大きくはだけ、そのボリュームのある胸があらわになっている。
 膝を合わせるようにベットに座っていたため大事な場所は隠れていたが、場合によっては全裸よりも刺激的な格好をしていた。
「うわああぁ!」
 令は慌ててかけ布団を引き寄せて体を隠し、思わずベットの端まで後退する。
 彼女は何をするでもなく、そんな令を可笑しそうに見ていた。
 僅かな沈黙。時間にして数秒だったのかもしれないが、令には随分と長い時間に感じられた。
 だが彼女は令を見つめて微笑むだけ。令にとってはあまりにもどかしい時間が経過する。
 結局先に口を開いたのは令だった。
「な、なぜ……何故僕を女にした! 何が目的だ!」
「何故、ですって? それは愚問じゃありませんの?」
 彼女は心底怪訝であると言わんばかりの顔をする。見ようによっては人を馬鹿にしたとも思えるほどだ。
「何が愚問だ! 僕は自分を女にしろなんて頼んだ覚えはないぞ!」
「あら? 頼んだとか頼まないとか言う言葉が出る自体、自覚があるんじゃありませんの?」
 確かに彼女の言葉は令の質問を否定しただけだ。だが令にも言い分はあるし、そもそもここで言い負けるわけにはいかない。
「そ、そんな事はない! あれは夢だし、僕は男らしくない点をなんとかしてくれと言っただけじゃないか!」
「だから、なんとかしましたわ。」
 まくし立てる令の言葉を、彼女は確信の言葉と冷たい笑みで返す。
「そう、なんとかしろと言われたのだから、一番良いと思われる方法を取りましたわ。」
「一番って……違う! 僕は自分をもっと男らしくしてくれと言ったんだ! 女にしろなんて……」
「ならばそう言えば宜しかったのではなくて? 貴方の言葉の契約は、少なくともそうではなかったわ。」
「そ……そうかもしれないけど……でも夢の中での約束なんて……!」
「場所や時間なんて、関係ないわ。この世の果てであろうと、まどろみの中だろうと。」
 彼女はゆっくり令の座るベットに向って歩き出した。
「私の契約は同意があって初めて成立するもの。貴方が拒否すれば執行する事はかなわなかったし、強制執行も出来ない。けど貴方は間違いなく応じたわ……自身の望みと共に、自身の言葉で。」
 彼女はベット脇に立ち、令を見下ろすように言葉を口にする。
 いつのまにか彼女と令の間に主従関係が生じてしまったかのごとく、令の心を圧迫する。いつのまにか彼女の顔から笑みが消えていた。
 本能的に令は、もはや彼女には逆らえない事を理解する。
 多分一度応じてしまった”契約”を取り消す事は不可能だ。ならば……
「じゃあ、僕を男に戻す事はできるの?」
「私がそれをできる力があるのかという問いならば、答えはYES。ただそれを無償で行う事は出来ないし、契約を多重に結ぶ事も出来ないわ。」
 つまり、一度契約内容を成立させなくてはならないという事だ。
 そうすれば次の契約の望みを”男にする”事でそれが適う。
 だが……そこまで考えて令はようやくその夢で行われた契約の続きを思い出した。
 双方の望みを適える事がこの契約。それならば……
「そういえばまだ聞いてなかったけど、その……え〜っと……」
「何?」
「その……名前。」
「ああ…セネア。 セネア・ベイオーグ・クトゥーリア・ハロウェイよ。」
 早口で言われては覚える事はできない長いフルネーム。令は一瞬聞き返そうとして止めた。
 それよりも早く確認したい事があったからだ。
「えっと、契約はつまり相互の望む事だったよね? じゃあセネア……さんが望む事は?」
「まだ時が来てないわ。そんなに時間はかからないと思うけど、その時までは語らない。」
「………。」
 つまり、今はまだ内緒だと言う事。しかしそう言われては話が止まってしまう。
 令はしばし考え、代わりにまだ解決していない疑問をぶつける事にした。
「質問……していい? 答えるのに契約しなきゃならないなんて事はないよね?」
「それも面白いわね。しかし残念ながらさっき言ったように多重契約は不可。そして今契約は執行中。」
 やりたくとも彼女のルールで不可という事だ。それならば遠慮はいらない。
 令はまず本来なら名前や目的以前に聞くべきだった質問を問う事にした。
「そもそも、セネアさんって何者?」
「ヾヤグ〆〜ェ§∴…ア。」
「はぃ?」
 理解不能な解答に令は思わず間抜けな反応をしてしまった。そんな令をセネアは冷めた目で笑う。
「貴方達の言葉で言うならばDEVIL。令には”悪魔”とでも言った方がわかりやすいのかしら?」
「あ……悪…魔?」
 令は一瞬からかわれているのかと思ったが……すぐにそんな考えは消えてしまう。
 ジョークとしても何かの言い訳にしても、その解答は最悪の部類のものだろう。
 もちろんそれが”嘘”であればなのだが。
 だが今の令はそれが最も信憑性のある解答の一つだという確かな証拠を持っていた。
 そう、それは自身の体。逆に今はありきたりの常識的解答こそが嘘になる価値の反転した状態。
 それに問い返したところで同じ答えしか返ってこないと令は考えた。しかし令も一般的な悪魔という存在のイメージを持っている。その所行を考えた時に生まれるのは、やはりある種の不安と恐怖だ。
「じゃあ契約ってやっぱり……その……魂とか、命……とか?」
「それは言ったはずではなくて? 確かにそういう契約をする同族もいるけど、私のは違うわ。」
 その言葉に令はわずかながら安堵する。少なくとも命を取られる事はなさそうであった。
「じゃあ……今ここに来たのは何故? 契約の施行はまだ時間がかかるんでしょ?」
 何気ない疑問の問いだったが、それを問うた途端にセネアの顔に僅かな変化があった。
 微笑んでいる事には変わりがないのだが、令にはなにかその笑みが妖艶な色を含んだように思えたのだ。
「そうね……本当はその時まで貴方の前に姿を現す気も、その必要もなかったわ。」
「じゃあ……どうして?」
「それは…ね。」
 と、そこまで言うが早いかセネアは突然令の布団を剥ぎ取った。
 驚く間もなく令はまた脱ぎかけのパジャマ一枚にさせられたかと思うと、そのままベットに組し掛けられた。
 あっという間にベットに仰向けに寝かされ、上からセネアにのしかかられる。
「せ…セネアさん! な、何を!」
「それはね……令の悶えている顔があまりに可愛かったからよ。」
 セネアはうっとりとした顔で令を見下ろす。しかしその目は獲物を狙う肉食獣のように爛々と光っていた。
「淫魔だもの……長い年月の中で色々な者の相手をしてきたわ。男も、そして女も。年齢だって…ね。
 その中には貴方みたいに性を変えた者達だってもちろん居たわ。」
 セネアの顔が目前までせまってくる。まさに”目と鼻の先”だ。
「けど貴方はその誰とも違うわ。餌としてではなく、人間相手に欲情したのはおそらく初めて。
 貴方のよがり悶える顔、声、汗で光る体全てに欲情したわ。最初から最後まで……」
 それは令の自慰を全て見ていたという宣言だった。羞恥で令の顔がみるみる赤く染まっていく。
「もう耐えられなかったわ。契約執行の時にと思っていたけど、もう我慢できない。
 貴方の初めてを奪いたくて全身が興奮してるわ。貴方を陵辱したいという気持ちが押さえられないわ!」
「せ、セネアさ……むぐぅ!」
 令は興奮するセネアに何かの言葉を発する前に、強引に唇を塞がれた。

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