二重螺旋

 あれからまたどれだけの時間がたったのか。彼女の髪は肩甲骨のあたりまで伸び、肉体には艶やかな変化が出ていた。ややスレンダーという印象があった体に、適度な脂肪がついて丸みを帯びている。特に尻の変化は顕著だった。子を育むための体になっているのがはっきりとわかる。
 晶と別れてから、士狼の体の疼きはいっそう高まった。
 まるで中学校の頃、オナニーをおぼえ始めて夢中になったような、いやそれ以上の渇きを感じていた。
 足りない。もう、指じゃ物足りない。
 理性では拒否できても、体は拒否できない。
 少年とはいえ、男に抱かれたという衝撃が理性に大きな歪みを生じさせていた。彼が消えてから冷静になった士狼は、しばらくの間鬱状態におちいった。

「あうう、深いっ!」

 そして今日もまた、彼女は自慰に溺れる。快楽を感じている時だけは、つらいことも、自分が誰であるかも忘れることができるからだ。
 クリトリスのカバーを触るだけで背筋が反り返るような快感がある。人差し指と中指の腹で軽く押さえつけながら回転させると、おしっこが漏れそうな感覚がわき上がってくる。そうしているうちに埋没したクリトリスが包皮を押し上げて隆起してくるのだ。

「あは‥‥出てきたあ」

 今度は人差し指でクリトリスの周りをこねりまわす。ヴァギナがきゅうっと収縮し、中から粘性の高い液体が溢れ出す。それでもかまわずに指の動きを一層早くすると、頭にピンク色の霧がかかってくる。男の精を求めるように、彼女の性器はうごめく。
 失ったペニスの代わりにというわけなのか、士狼はクリトリスでのオナニーに没頭する傾向があった。
 こうして彼女は、今日も自慰に明け暮れるのだった。

 自慰に疲れ果て、まどろみながら考える。
 本当に自分は男だったのだろうか。まるで胡蝶の夢を見ているようだった。確かな証拠などどこにもない。もしこのまま道端に出て誰かに聞いても、皆が皆、士狼は女性だと答えるだろう。
 もしかしたら、自分は男だと思い込んでしまった心の病を患った女性なのではないかとすら、士狼は思い始めていた。

 そんな心にもやもやとしたものをためていたある日。
 夕食に奇妙な物が出てきた。今までにはなかった食材だ。それ自身は決して変な物ではないが、調理された食事の中に生のままトレーに置いてあるそれは、明らかに浮いていた。
 士狼は口の中に沸き出す唾液を、飲み込んだ。
 トレーに置いてあったのは、1本のキュウリだった。マヨネーズソースが添えてあるが、これを出したものが何を意図しているか、士狼にわからないはずがない。いや、それは単に士狼の思い違いなのかもしれない。

(晶のはこの位の太さだったかな)

 士狼はぼんやりと、晶の事を思い出す。どこかへ連れ去られたのか、あの日以来、一度も会ったことがない。向かいの部屋への扉も再び閉ざされ、彼がいるかどうかも知ることができないでいる。
 そして、彼との熱い一夜の事も。
 あの夜の事は、頭の中で何百回となく思い返されている。
 年下にいいようにもてあそばれた屈辱感と、男に抱かれたという背徳感。
 それなのに、士狼は晶に対する感情を否定できなかった。
 変だと自覚はしているのに、心のときめきを押さえる事ができない。自分がアブノーマルだったのではないかという気さえしてくる。それだけこの心変わりは不可解だった。恋愛経験はそれなりにあるつもりなのに、こんな気持ちになるのは初めてだ。

(入れたら痛いかな‥‥?)

 士狼はきゅうりを手に取って、舌先で舐め始めた。はた目から見ればなんともエロチックな光景だ。まるでフェラチオをしているような舌使いで舐め、咥え、歯を立てる。
 きゅうりは少し抵抗をしたが、あえなく士狼に噛みちぎられてしまう。
 違う。全然違う。
 こんなものを入れても、空しいだけだ。

 囓ってから我にかえり、自分のした行動が信じられず、絶望したくなるほど恥ずかしくなった。
 これではまるでセックスに飢えている淫乱ではないか。
 しかし、自分が誰かに抱きしめて欲しいと思っているのは確かだ。セックスをしなくてもいい。だがおそらく、そのまま身を任せてしまうだろう。
 こんなに強く孤独を感じるのは初めてだった。
 士狼はどちらかというと孤独を好みがちで、友人も少ない。ボクシングを習っている時も仲間に声をかけたりかけられたりということはほとんどなかった。会社の同期の誘いも断りがちだったし、暇があれば横になって何もせず、ぼんやりとしているのが休日の過し方だった。
 そんな士狼を、弓奈は叩き起こして部屋を掃除して料理を作ったり、どこかへ連れて行けと言ったりして、人嫌いをなんとかしようと努力していた。
 そうだ。弓奈はどうしているんだろう。
 横になって股間で動かしていた手を止め、士狼は我に返った。
 もしかしたら、自分を探しているかもしれない。いや、絶対に探してくれているはずだ。
 急速に頭の中の霧が晴れていくようだった。ベッドから体を起こして、混乱している頭の中身を整理しようとする。
 でも、この体ではどうしようもない。誰が自分は本当は男で、誰かに女にされてしまったなどと信じてくれるだろうか?
 希望がわいたのもつかの間、士狼は途方も無い絶望感に襲われてベッドに倒れ込んでしまう。薄汚れてきた部屋の中で、このまま一生を終えてしまうのだろうか。

 突然、ノックの音がした。
 しばらくしてもう一度。士狼は慌てて服を着て、どうぞと扉越しにノックの主に声をかけた。
 ドアが開いて入ってきたのは、二十歳そこそこの青年だった。背は彼女より十五センチ近く高い。だか士狼は一目で、彼の正体を見破った。

「あきら‥‥晶だね?」
「こんな風になっても君はわかるんだね。でも君は本当の事に気づいていない」
「何を?」

 青年は悲しそうに顔を歪めて笑った。

「わからなければそれでいい。それよりお姉ちゃん……というのは変だけども、待っていてくれたんだね」
「誰が!」
「僕を一目で見破ったじゃないか。晶だってことをさ」

 一瞬浮かんだ喜びの表情を見られてしまったのを悔やむ間もなく、士狼はすっと抱き寄せられてしまった。抵抗してみるが、肩幅の広い体にすっぽりと包まれてしまう。

「君はかわいい女の子なんだよ。それにふさわしい言葉遣いをして欲しい」
「ダメだ! 俺は‥‥そんなことはできない」
「好きだ」

 晶が耳元で囁く。士狼の体の力が抜けた。どうしてだか、自分でもわからない。胸が熱くなる。心臓が何倍にも膨れ上がったような気がする。
 心が、苦しい。

「俺は男なんだ。本当は男なんだ。だから、晶を好きになれない。男が男を好きになるのは変だ。アブノーマルなんだよ!」
「じゃあ、僕を好きなんだってことは認めるんだね?」
「‥‥違うよ。俺は、晶なんか‥‥嫌い、だ」

 精一杯強い口調で言ったつもりだが、かすれるような声しか出ない。

「お前は嘘をついてたな。本当は大人なのに‥‥子供の振りをして俺に近づいた。なぜだ!」
「好きな人に近づくのに手段は選ばないよ」

 好きとストレートに晶が言う度に、彼の心は狂おしく荒れ乱れる。理性が否定し、感情が肯定する。

「信じられない。こんなことをする人を信用できるわけないだろう?」
「それでは、これでどうかな」

 士狼のあごを強引に引き上げるようにして、晶が唇を奪う。士狼は離れようともがくが、強く抱きしめられているのでとてもかなわない。しだいに彼女の力が抜けてゆく。
 しばらくの間、ふたりは互いの唇を奪いあった。

「晶の‥‥バカ」

 5分近くもキスをしていただろうか。それだけで彼女の心は、すっかり蕩けてしまった。彼の瞳は曇りがなかった。おそらく、自分を好きだというのも本当だろう。
 こんな自分でも、好きと言ってくれる人がいる。
 そんなことがたまらなく嬉しく、そして寂しかった。心変わりしてしまった自分が情けなく、そうさせたどこの誰かもわからない人間に怒りをおぼえる。だがそれ以上に、途方もない幸福感で胸がいっぱいになる。

「だめ」

 彼女は、絞り出すように声を出した。そうでもしなければ、言葉を紡ぐことができなかった。

「ダメというのは禁止だよ、お姉ちゃん」
「お姉ちゃんって‥‥バカ」
「そんな事を言う生意気な口は、こうしてふさいでやる」

 今度は晶のキスを拒まなかった。もう、がまんできない。積極的に晶の首に手を回し、体をすり寄せて舌を奪う。肩幅が広い。胸板の厚さもあの晶とは比べ物にならない。
 しかし、瞳は変わらない。
 自分が魅せられた、どこか寂しそうな瞳だけは。
 抱きしめられるだけで、心が温かくなってゆく。
 晶にベッドに運ばれても、士狼は抵抗しなかった。こうなることはわかっていた。こうなることを望んでいた自分を、認めたくなかっただけだったのだ。

 晶に服を脱がされてゆく。
 照れ臭く恥ずかしかったが、晶のなすがままにされる。パンツを脱がされる時は自分で尻を持ち上げて協力した。たちどころに彼女は、一糸まとわぬ裸にされてしまった。

「ブラジャー着けてないんだ」
「恥かしいから‥‥」
「こんなかわいい胸なのに、形が崩れたら大変だ」

 大きな手で下からすくいあげるように乳房を愛撫される。少しざらつく手の平で乳首をこすられるだけでも、たまらなく気持ちいい。胸を揉まれてはキスをして、そしてまた体をさすられる。
 彼女の体が紅潮してくると、晶が服を脱ぎ始めた。手伝おうとすると、かえってじゃまなのだが、そのもどかしさが二人を興奮させてゆく。
 晶の汗の匂いがする。
 鼻腔から脳髄まで突き抜ける雄の匂いだ。股間が湿ってくるのがわかる。目の前の男の子供が欲しいという原始的な欲求がわいてきた。自分が本当は男だということは、頭から消し飛んでいた。
 士狼が晶を押し倒し、腹の上に大きく脚を開いて馬乗りになる。陰唇が開いて、中の媚肉があらわになるのも気にならない。それを彼の上でこすり始める。バカになってしまうんじゃないかと思うくらい感じた。
 そんな彼女を、晶が強引に止めて胸を吸い始める。お尻に彼のペニスが当たるのがわかった。雄と雌の匂いが部屋に充満していた。今度は士狼が押し倒され、身体中をしゃぶられる。あちこちに赤い痣のような斑点が生まれた。どこを舐められても、どこを吸われても気持ちがいい。
 足の指までしゃぶられてから、晶が足首を持って大きく割り開いた。

「晶の欲しいよ‥‥奥まで挿れて!」

 反り返ったそれを、晶が手で押さえて腰をくっつける。粘膜同士が触れ合い、彼女は目を閉じた。

 来る!
 身構えると同時に貫かれた。大きくてたくましい。ゆすぶられ、内臓まで犯されるような激しい注送に士狼は媚びるような声で彼の名前を何度も叫んだ。
 少年の体とは比べ物にならない、圧倒的なたくましさと包容力。彼女の体を隅々まで知っているような的確な愛撫は、理性を蕩かせてゆく。

「晶ぁ! おっきいのぉ! 壊れちゃうよ!」
「大丈夫だよ。僕が守ってあげるから」

 大きなストロークの度に、内臓が掻き出されるような気がする。溺れる。空中を手で掻いた彼女の手を、晶がしっかりと握る。爪を立てるほど、強く握り締めた。まるで脳髄までペニスを突き刺されたようだ。それほど強烈な刺激だった。
 士狼は口を開けて、空気を求めるように喘ぐ。
 途中で体を起こされ、座ったまま正面で向き合う形になる。士狼は夢中で晶の唇を貪った。唾液がまるで媚薬のように彼女を狂わせてゆく。首筋にキスをされると、髪を振り乱してのけぞった。電撃を食らったようだった。

「晶! 大好き!」

 彼女は自分で腰を上下に動かす。その度に重力と自分の体重で体の奥深くまで突かれ、あられもない言葉を叫ぶ。とてもここでは書けないようなわいせつな言葉だ。そうやって自分を高めてゆく。
 その後は足を持ち上げられ、横から、そして上から足を折り曲げられるようにして体の位置を変えながら何度も何度も貫かれた。
 やがて頂点へと昇りつめてゆく。晶も同様のようだ。
 二人は互いの名前を呼びあいながら同時に達した。
 溢れるほどの想いを胎奥で受け止め、彼女は光の渦に飲み込まれて意識を失った。


 彼女が目をさますと、隣りに温もりがある。もちろん晶だ。腕枕をして添い寝をしてくれていたらしい。とっさに身を起こして、シーツで体を隠す。

「おはよう、お姫様」
「お姫様って‥‥どうしてこんなことをするんだ? 俺をこんな風にしたやつらと君は、何の関係があるんだ」

 また士狼の言葉が、男のものになっている。しかし晶の答えは、彼の問いへの直接の答えではなかった。

「君を愛しているから。そして共に人生を歩みたいからだよ」
「プ、プロポーズ?」
「そうだよ」

 慌てふためく士狼をよそに、晶はあっさりと言ってのけた。

「新しい戸籍と名前を用意してあるんだ。ここから出してあげられるよ」
「本当?」

 思わず身を乗り出す士狼。前がはだけて、胸があらわになり慌ててシーツを引き寄せて胸を隠す。隠してから、自分が女性そのままの反応をしてしまったことに驚く。

「でも、プロポーズを受けるという条件付きだろう?」
「それは別の話。もちろん君の養父母もちゃんといるよ。どちらも社会的に立派な地位のある、信頼できる方だ。学校に行きたければ、手続きもする。安心して暮せることは保証する」
「学校はちょっと、ね」

 退屈な授業をもう一度繰り返すことを想像しただけでぞっとする。しかも女子高生だ。とてもではないが、そんな中に置かれると考えるだけでも逃げ出したくなる。

「結婚の話は別にしても、ここからは出してあげよう。それとも、名前を捨てるのは抵抗があると?」
「うん‥‥自分が高前士狼だったということがもう、信じられなくなっているから。名前を変えたら、自分が自分ではなくなってしまいそうなんだ」
「でも、その体で誰が納得するかな? ひとまずは、ちゃんとした身分を得た方がいいんじゃないか。さっきの質問にも、落ち着いた後でちゃんと答えると約束する」
「本当?」

 士狼の声が、甘えたようなものになる。晶が、本当だよと返す。彼、いや、彼女は決心した。実は今までそれを認めなかっただけで、本当はもっとずっと前から決まっていたのだと、彼女は気付いた。
 士狼は、魔法の呪文を唱えた。

「好き。晶が好き。これは誰にも変えられない」

 心の中に弓奈の姿が浮かんで消える。
 ごめんね、弓奈。もう、君とは会えない。勝手だとは思うけれど、君には幸せになって欲しい。遠くから祈っている、と。
 士狼は晶の手を取って立ち上がった。晶が言う。

「君の新しい名前は、楠樹繭美だ」
「くすぎ、まゆみ‥‥」

 彼女は自分の口で繰り返す。
 笑みを浮かべているのに、なぜか目尻から涙がこぼれた。
 男だったことは、まるで幻のように思える。今が幸せならばそれでいいと思い込もうとしても涙は止まらない。
 士狼、いや繭美は晶の胸にすがりつき、泣きじゃくり始めた。彼女を包みこみ、優しくなでてくれる晶がいることに安心して、思いを涙で流してしまうかのように泣き続けたのだった。

 視界一面に、野山が広がっている。
 ここが日本のどこであるかは、誰も教えてくれなかった。テレビは無く、小説の類はあるが新聞や雑誌もこの屋敷には置かれていなかった。カレンダーすら周到に隠されていた。まるで彼女に何も教えたくないようだった。
 彼女が連れてこられたこの屋敷は伝統的な日本家屋だが、相当な金がかかっているように見える。柱一本にしても貫禄を感じる。天井の板も一枚板らしく、ふすまや畳も、地味に見えながら手の込んだ作りだということが彼女の乏しい知識でもわかる。風呂は当たり前のように総桧作りだった。
 士狼−−いや、楠樹繭美に許された行動範囲は狭く、塀に囲まれた屋敷だということがすぐにわかった。さり気なく人が見張っているようで、彼女が外に出ようとする気配を察すると、たちどころに発見されてやんわりと連れ戻されてしまうのだった。

 監禁生活からは逃れたものの、実質的には同じような状態だった。
 晶はこの屋敷には住んでおらず、どうやら通いで彼女のところに来ているようだ。
 彼の指示で、彼女は礼儀作法などを仕込まれ、立ち居振舞なども女性らしいものになっていた。教え方は厳しかったが、退屈だった監禁生活と比べたら天国のようなものだ。
 ニュースメディアこそないものの、教養書や小説などはふんだんにあり、ちょっとした図書館並みの蔵書があって退屈はしないですんだ。
 しかし、どんなに本があっても、彼女の心は空虚だ。ただ一人の男性の側に居ることだけが、彼女の望みだった。
 彼が士狼、いや繭美の下を訪れる日を、彼女は指折り数えて待ち焦がれた。まるで恋愛小説の登場人物のように恋に恋する乙女になってしまった自分が、もどかしくもあり、恥ずかしくもあり、そして嬉しかった。
 愛してくれる人がいて、愛せる人がいる。
 男の時にはじゃまとしか思えなかった感情が、今は彼女を支えてくれている。心がほんのりと暖かく、それだけで彼を我慢強く待つことができるのだった。

「繭美様、よろしいですか」
「どうぞ」

 読んでいた本にしおりをはさみ、脇へと置く。書名は「智恵子抄」とある。彼女はここしばらく、和装での暮らしを強いられている。最初はつらかったが、やがて慣れた。洋装とは違う動作が必要だと理解できれば、所作も自然と洗練されてくる。
 部屋に入ってきたのは、華道の師範だった。これから2時間、みっちりとしごかれることになる。以前と比べればだいぶましになったとはいえ、茶道と並んで彼女が苦手にしている習い事の一つだった。

 師範を見送ると、繭美はまた独りぼっちになる。
 この屋敷に住む者は少なくないが、心を許せる者は一人もいない。あくまでも雇人と雇用者の立場を越えないのだ。
 あれから晶は、滅多に姿を現わしてくれない。
 ちゃんとここに帰って来るとは言っているし、実際に一月に十日ほどはこの屋敷に泊まって愛を交わしている。彼にも仕事があると理解していても、狂おしいほどの孤独を感じる。彼女は完全に晶に心を囚われていた。
 恋しい。
 人が恋しかった。
 頼りないこの体を、いつでも抱きしめてくれる人が欲しかった。
 守られる事の快感と寂しさ。
 孤独を感じると、心の中で男の自分が顔をのぞかせるのがわかる。繭美を叱咤激励し、ともすれば沈みがちな心を鼓舞してくれる。

 弓奈‥‥。
 君はいつも、こんな風に感じていたのか?

 士狼の目尻に、涙が光っていた。

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