時計もない部屋なので正確な日付はわからないが、士狼がこの部屋に閉じこめられて1週間ほどが過ぎていた。食事だけは1日に3回、ドアの下にある小窓から差し入れされる。さっき食べたので、22食目だった。
まるで雑誌の記事で読んだ刑務所の独房ような殺風景な部屋に、彼はずっと監禁されている。広さは6畳ほど。窓も無く、天井にはめ込みになった照明が部屋を照らしている。少し豪華な夕食らしい食事が出てしばらくすると、照明が暗くなって夜らしくなる。
ステンレス製のトイレやベッドも頑丈で、とても一部を壊して武器にできるようなものではない。食事のトレーも柔らかい素材で作られていて、唯一武器に使えそうなフォークも、時間がたつと紙のように柔らかくなってしまうのだった。
病院のようにも見える。今着ている服も手術着のような淡いグリーンのもので、両脇のマジックテープで止められるようになっている。
風呂に入りたい。それでもなければ、シャワーを……。
士狼はそんなことを考えて、頭を振った。
そんなことより、誰が何の目的で自分をこんな所に閉じ込めたのかを知りたかった。
何もかもがわからなかった。
「どうしてこんなことになってしまったんだ……?」
正確には、彼は"彼"ではなかった。
これもまた磨いたステンレス製の壁に張り付けられた鏡に映る姿は、24年間見慣れたものではなく、まるでアイドルタレントにでもしたくなるような15〜6歳の少女の姿だったのだ。
士狼の記憶は、1週間ほど前の夜まで遡る。
取引先の社長との宴席に同席させられ、緊張した彼に酒がすすめられて盃を飲み干したところまでははっきりとおぼえている。その後は確か、上司と共に社長を見送り……その先は思い出せない。
入社して3年目ともなると色々と仕事も任されるようになり、恋人の弓奈ともそろそろ結婚を考え始めていた。そう大きくはない会社だが、充実していた。何もかもが順風満帆のはずだったのに、なぜ?
食事以外にはすることもないので、ベッドに寝転んで何十回、何百回目かの思考のループをまたたどり始める。
だが、結局はまた同じ結論に達するだけだった。
薄汚れてきたシーツで全身をくるみ、胎児のように体を縮ませてひたすら時が過ぎるのを待つ。最初こそ暴れたり脱出方法を考えたりしたが、3日を過ぎたあたりからは万策尽き果てて、ベッドでぼんやりと時を過ごすようになっていた。
1週間も風呂に入っていない体からは汗とともに、若い女性特有の甘い体臭がわきあがっている。
体が甘く疼く。
女性経験は多いとはいえないが、ないわけではない。どこをどうすれば快感が得られるのかはわかっている。しかし、それをしてしまったら、自分は男ではなくなるような気がした。
トイレで用をたす時も、あまりの違いに気が遠くなりそうだった。どこかから覗かれているような気がして、士狼は今でもシーツをまとい、びくびくしながら排泄をすませている。そのトイレの紙も、もう残り僅かだ。無言で食事を持ってくる男(もしかしたら女かもしれないが)に注文すれば貰えるのだろうか?
目的もはっきりせず、長い間放置されている不安が士狼を襲う。
体を清潔にしたいという欲求は強くなる一方だが、それをするには自分の体に触れなければならない。自分が女になってしまっているという現実を突きつけられるのが怖いのだ。それに比べれば、不潔な状態にあることは、まだ我慢ができた。
「どうしてこんなことになってしまったんだ……?」
声を出すまいと誓っていたはずなのに、ついこぼれ出る泣き言。
震えるような声は鈴のように転がり、耳に心地好く響く。自分の声でさえなければ、うっとりするような愛らしい声。
不条理だ。
『知りたいですか?』
突然の声に、士狼はバネ仕掛けの玩具のようにベッドから跳ね起きて周囲の様子をうかがう。
「誰だ! 姿を見せろ!」
『おやおや。かわいらしい女性がそのような口をきくものではありませんよ。美人が台無しだ』
「俺は男だ! 何の目的があってこんなことをする!」
士狼の言葉に、暫くの間返事はなかった。不安になり始めた彼の耳に、リズミカルな音の波が届いた。
それは低い笑い声だった。
『期待通りの反応ですね。素晴らしい。こうでなくてはいけません。まったく、今の所は完璧だ。我ながらほれぼれしますよ……くっくっく』