真太郎が不機嫌なのには理由があった。
彼が、自分の周囲に起こる不思議な事象に初めて遭遇したのは、小学校五年生の時だった。
クラスの中でもひ弱そうで、気の小さい少年を寄ってたかっていじめている光景を苦々しく思いながらも黙殺していた真太郎が、「あいつが女だったら、反対にいじめられる立場になるだろうな」
と思った次の瞬間、甲高い悲鳴が上がった。
視線を向けると、リーダー格の少年がいたはずの場所には、だぶだぶの男物の服を着た、長い髪の愛らしい少女が立っていた。たちまち教室は他クラスをも巻きこんだ大騒ぎの渦となり、教師が駆けつけてきた。
やがて彼……もう「彼女」なのだが……は病院へ連れていかれ、精密検査を受けた後、完全に女性になっている事が確認されたようだ。ようだ、というのは、彼女は女になってしまってからは一度も学校へ登校せず、どこか遠くへと転校してしまったからだった。
学校は一時騒然となったが、やがて沈静化していった。
彼らにいじめられていた少年は、皆から遠ざけられるようになった。いや、呪われたやつとか噂されて、無視されるようになったのだ。
真太郎は彼を可哀想に思ったが、何もしてやれることはなかった。彼を相手にしたら、自分もまたシカトされるのがわかりきっていたからだ。
もし、彼が可愛い女の子だったら無視される事もないかもしれないのにな、と心を痛めた。
次の日、その少年は学校を休んだ。
クラスの担任教師は青い顔をして、今日は自習だと言い残して、教頭と共に車でどこかへと向かった。自習だと喜ぶクラスメートの中で、真太郎は胸騒ぐなにかを感じ取っていた。
その予感は、数日後、確かなものとなった。
朝のホームルーム時に、担任が固い表情で迎えたのは、細身でおかっぱの髪をした、くりくりとした大きな目が快活な印象を与える美少女だった。
担任は、彼女は、あのいじめられていた少年だと告げた瞬間、クラスはひっくり返るような大騒ぎになった。
しかし、騒ぎが収まった後は彼女の周りには人の輪ができていた。
彼女は時々つっかえながらも、先日とはうってかわったような明るい表情で次々と浴びせかけられる質問に、丁寧に一つずつ答えていた。
そして彼女はめでたくクラスの一員となり、その後はいじめられることもなく、小学校生活を終えることができたのだった。
だがこの時、まだ真太郎は自分の持つ力に、気付いていなかった。
次に真太郎が「事件」に遭遇したのは、中学二年の修学旅行の時だった。
修学旅行の定番である京都や奈良、東京などではなく、東北地方へと行くことになっていた真太郎の中学は、旅行に行く前からテンションは最低だった。なにしろ、遊ぶような場所はほとんど無い。教師が生徒の管理がしやすいからそこを選んだという噂が出るほど、周囲には大自然が広がっているだけだった。
ただ救いだったのは、おかずは名産の黒毛和牛で、和牛づくしの料理は旺盛な中学生の食欲を補ってありあまるものがあった。そして、この旅館には名物の大浴場もあった。露天、内風呂、打たせ湯など、趣向を凝らした風呂の数々は、生徒よりもむしろ教師に評判が良かった。
6クラスある生徒たちを収容するために旅館は貸切状態で、大浴場もまた同様だった。そろそろ体の差異が気になる微妙な年頃の少年にとって、他の人と入る風呂は抵抗があり、大浴場へと向かったのは全体の四分の一以下だった。
そこで事件は起こった。「お前らのチンコ、ちっちぇえな。俺なんかもうずる剥けで大きいんだぜ」
などと大きな声で触れ回りながら同級生達をからかっていた一団を見て、真太朗は心の底から不快になった。
お前らなんか、ぺったんこの胸でブスな女になっちまえばいいんだ。
悪意を込めて彼らを見つめると、彼らは突然苦しそうにうめいて、床に膝をついた。少年達は呆然として見つめる衆人環視のもとで、見る見るうちに体が縮んでゆき、やがて女になってしまったのだ。
倒れていたのは五人。「な、なんだよ! これ、どうなっているんだよ!」
甲高い声が大浴場内に響きわたり、周りから声にならないどよめきが上がった。彼女達に共通するのは、薄い胸だが、かなりの美少女だということだ。なにがなんだか理解しかねている元は少年だった少女は、たちまち同級生に押し倒され、さっきまで嘲笑っていたペニスに貫かれ、膣が腫れ上がるまで犯しに犯し抜かれた。
まだ半分近くが輪姦に参加できないで順番を待っている時、浴衣を着て、酒臭い息をした真っ青な顔の教師たちが数名、ふらつく脚で慌てて大浴場にやってきた。良心が咎めたのか、それとも満足したからなのか、誰かが教師を呼びに行ったようだった。
修学旅行は即日、中止となった。
学校へ帰ってから一週間は自宅学習となり、学校が再開した時には、あの五人はどこかへと転校していった後だった。
風の噂では、何人かは妊娠してしまったようだという。
事ここに至って、真太郎は自分が持つ不思議な力にやっと気が付いた。
自分の能力を知った真太郎が初めて自分の意思で男を女に変えたのは、粗暴ですぐに手が出る、二歳年上の兄だった。
家中が大騒ぎになった。病院へ行き、精密検査を受けたが、結果はもちろん、完全な女性だというものだった。医師の診断書を添え、戸籍も女性になった兄……いや、姉は、ショックからか登校拒否になってしまった。
真太郎が高校に上がる頃にようやく立ち直り、夜間学校へと通い始めた姉は、以前の性格とは全く違う、人を思いやる優しい女性になっていた。
それからも真太郎は、自分の意思で十数名を女にした。
数人でエロビデオを鑑賞している最中、悪友の一人を女にしたこともあった。もちろん、たちまち彼女は押し倒され、哀願の言葉も空しく処女花を散らしていったのだった。
だが、真太郎は不満だった。
彼が不機嫌なのには理由があった。
まるで興奮しないのだ。
周りが、自分が起こした状況によって恩恵をこうむっているのに、彼だけはその利益に与れないのだ。もちろん、不能なんかではない。ちゃんと勃起するのに、自分が女にした相手にはなぜか欲情できないのだ。
たまらなくなって男に戻そうとしたこともあったが、どんなに意識を集中しても女から男にすることはできなかった。一方通行の能力なのだ。
女になった元男性達は、変わり果てた姿を恥じてかどこかへ姿を消してしまう者もいたが、ほとんどは女性としての生活をエンジョイしていた。真太郎の姉も、結婚して幸せな生活を営んでいる。今や、二児の母だ。
こうして何年か能力を使わなかった真太郎だが、ある日、風呂上がりにトランクス一枚の姿でビールを飲んでいる時、突然わきあがる悪戯心を押さえきれなくなった。
もし、この能力が自分の体にも働くならば……。
彼は鏡の前で、意識を集中した。
女の体は、どんなに気持ちがいいのだろう。酔った勢いで、真太郎の妄想はどんどん膨らんでゆく。
鏡に映った姿が、不意にぐにゃりと歪んだ。
やがて深夜の部屋の中で、声にならない声が上がった。
真太郎改め、真理奈(まりな)がその後どうなったかは、わからない。
===== END =====