(な…なんだ…?)
目が覚めたばかりのうつろな意識。ふと違和感を感じる。
結局熱烈な情事のあと、翌朝まで眠ってしまった。
ベッドの傍らを見ると…もぬけの殻だった。
(あ〜あ。もう帰っちまったのか…)
こんなことならがんばってもっとヤればよかった。いままで出会ったなかで最高の女だったのに。
(眠ぃ…)
とはいえ昨夜は昨夜でかなりがんばったほうだ。多少残念な気持ちがないではないが、今はそれを上回るほど眠い。
ふとんが放つ甘すぎる誘惑は眠気と混ざり合い、最高の魅力をもたらす。
「んん………うん?」
なんとなくうった寝返り。そして…フニュと覚えの無いクッションをかんじた。
実に心地よい感触である。そのまま包まれるように身を預けて眠ってしまいたいと思えるような……
(……??)
しかし、同時に思い当たるふしがないそのクッション…。
なんだなんだ?こんなのあったっけ?
沸き起こる疑問と圧倒的な眠気がせめぎあう。数秒の決闘の後…
(やっぱ気になる!)
結局好奇心が眠気を勝り、自分でふとんをはいで身を起こした。
(あれ?)
身体の下、ちょうど胸元のあたりにクッションを感じたはずだ。あれだけ大きなものであればすぐに気づくに違いない。
だが、そこに探し物は見つからなかった。単にさきほどまで身を預けていたベッドがあるだけである。
(気のせいか)
そうであったとは考えにくい。とはいえ、目の前にある光景を否定するわけにもいくまい。毎日世話になっているベッドをいまさら疑う気も起こらない。
一瞬で眠気が勢いを増し、そのまま二度寝へと直行する。まだ起きるには時間が早すぎる。
もともとギリギリの時間で起床している雄介だ。ただの勘違いがきっかけとはいえ、早起きしようなどとは夢にも思わない。
どうせ学校に遅刻しそうになれば母が起こしにくるだろう。
そんな甘えきった考えなものだから、当然目覚まし時計のスイッチは切ったままである。
バフッっと音を発するほど思いっきりベッドへと伏せこんだ。深々と首までふとんをかぶる。そのまま泥につかるように…
ムニュ
(…!?)
同時に感じるあの感触。今度は勘違いじゃない。いったいなんなんだ?
今回は身を起こさずに自分の胸元へと手を差し込むことで確認してみた。
プニュ
「のわっ!」
びっくりした。なんなんだこりゃあ。
思わず手を引いてしまった。まるで腫れ物にでも触るような感触がした。
衣服の上から接触したそれは予想以上のフカフカとした衝撃を与えてきた。
好奇心にかられ、恐る恐るもういちど手を差し込む。
フニュフニュ
クッションにしては異常なほどに柔らかい。確かに、柔らかい。指先の密集した神経が柔らかな感覚を如実に伝えてくる。
こんな柔らかいなんて、いったい何でできてるんだ?
あまりの気持ちよさに危険を察することもせずついつい手で包み込んでしまった。
幸いにも痛みや苦しみを伴うことはなかったが、今度は別の探究心がむくむくと膨れ上がってくる。
手から溢れるほど大きいが、どの部分もきちんと中身が均等に詰まっていて偏りがない。
誰がこんないいものをくれたんだろうか?
ムニュムニュ
そのまましばらくもみ続けてみる。まったく飽きのこない素晴らしさだ。
(あ…れ?)
なんだか身体が熱い…。もう11月になろうとしている時期だ。むしろ寒い季節といえる。
それなのに、身体が熱い。一度起こされた炎が次々と周りを巻き込んでいくように次第に雄介の心がとろけだす。
「ああ…」
なんだ、今の声は。いくら“これ”が気持ちいいからっておおげさな…。
これほど情緒に溢れた性格とは自分でも思わなかった。気づかないうちにそれは口から漏れ出していたのだ。
いったい…どうして。
「んはぁ…」
また声がでてしまう。自分でもわからない、不思議な感触を“これ”はもたらしてくれるようだ。まるで、これはまるで自分の身体が…。
「すげぇ、気持ちいい」
素直に気持ちを声に出す。いや、出てしまった。
自分の身体が胸部から温められていく。じわりじわりと熱を伝導させる胸部で何がおこなわれているのだろう。
疑問よりも先に身体が動く。思いっきり“これ”を握り締めた。
「はぅぅ!」
微弱電流にもにた刺激。この季節にふとんでこんなに汗をかくなんて。
「いったい…ふっ!こ、これ…んふぁ、なんなんだ…んん!」
何度も何度も、力いっぱい好きなだけ握りしめた。
こんなことはじめてだ。こんな感覚も。こんな素晴らしい感覚をもたらしてくれるものにお目にかかりたい。
ガバッと力いっぱいふとんをめくる。しかし…やはり寝床にはなにひとつ目に付くものが無い。
(なんなんだよ?)
手に届きそうで届かない、そんなじれったい気持ちが湧き溢れた瞬間…
そして胸元でぷるんとなにかが揺れる。
「ん?…ンのおおおおおおおおお!!!????」
眼下において身体に究極の異変が生じていた。理解しがたい、それこそとんでもない異変である。
「こ、こりゃあ…」
ふっくらとたわわに実る果実がふたつ。これだ。さきほどから心地よい感触を与えていたのはこれなのだ。
衣服を押し上げてなお窮屈そうにしまいこまれたクッション。いや、これはクッションなのではない。
「お、おっぱい…!?」
おっぱい、であった。紛れも無いおっぱいだ。それが自分の身体にひっついている。
服の上からわし掴む。みるみる自分の指が埋もれていった。
「わ、わわわわわわわ…」
流れ込む刺激を無視しつつひっぱってみる。痛い。「痛い」だって?
じかに目でみて確かめてやる。衣服の首まわりを力いっぱいひっぱって中をのぞきこんだ。
視界を占領する…我が物顔の柔肉。熟れた果実の妨害でいつも見える薄い胸板と緩んだ腹筋など見えるはずもなかった。
これでも信じませんか?と鞠のように弾む自分の胸。
開いた部分から服に手を差し込み、片方の乳房をかきだした。中心に位置する乳首がさきほどのマッサージでいやらしく勃起している。
真正面から覗き込む。間違いない、これはどう考えても女性の象徴、おっぱいである。
自分はさっきからずっとこれを揉みしだいていたのだ。
ということは…さっきかんじていたのが快楽なのか。
ムニュムニュとためしに揉んでみる。「ああ…」とまた切なげな声が出てしまった。
これだ。この感覚は…。これにちがいない。
そして、ベトリとした感触。身をよじった拍子、今度は両脚の付け根に違和感を感じた。
「うわっ!」
一瞬脚を開き…背筋も凍る推測があふれ出した。
「ってことは…!?」
ズボンの中に手をいれ、自分の股に手を触れた。
もっとも…そう、最大にして最高に重要な問題だ。男として、そのアイデンティティを形作る器官。
突然感じる予想外の刺激…。
「んんぁ!?」
変な声が出てしまった。
おい、男のここって触っただけでこんなに気持ちよかったか?
股間のあたりをどんなに手で捜索しても目当てのイチモツは発見できなかった。
一晩で妙に減少した陰毛。その茂みに隠されたこの入り口は…。
「おい!おいおいおいおいおいおい!こんなことって!?」
冷や汗が出る。一気にズボンを脱ぎおろす。上半身を起こして股間を凝視する。そして判決の瞬間。
「そ、そんな……!!!」
見事になかった。男性の象徴がなかった。どこにも、完全にない。
最初見た感じではうっすらとした恥毛しか見えない。しかしそこに手を伸ばせば秘部の潤いがからみついてきた。
指にべっとりと染み付いた粘着液を目の前にかざす。間違いない、これは女の愛液だ…。女!?
「な…なんでだよ…。どうなってんだよ、これは!!!」
もう否定できない。俺は朝起きると女になっていた。こんな大きなおっぱいで、朝から股間を濡らすような女に。
理解できない、当然だ、理解できてなるものか。いったい俺が何をしたというのか。仮に何かをしたとしてこんなおかしな罰を与えるなんて!
大声を出したところで怒りを放つ相手もいない。あえていうなら自分自身といったところか。
「くそおおっ!!」
両手で頭を抱えた。
自分が理解できていないのだ。ただやり場の無い憤りを自分の身体にぶつけるのみである。それとて意味があることでもない。
今後の人生、社会生活。何より男としての自分。プライドなどあったものではない。
(なんで…こんなことに…)
情けなさと絶望、そして理不尽さに対するどうしようもない憤り。
自分のすっかり変わってしまった身体を見る。
女としてはまさに成熟しきったといわざるをえない。こんな身体になってしまっていったいこれからどうしろというのか!?
雄介の心中どこふく風というように、両の胸と秘唇はある日突然備わってきたのだ。
こんな姿では表を出歩くことすらかなわない。
「くっ!」
自分の身体にやつあたりするように胸を掴む。激痛など気にするほどの余裕も無い。
片腕を股間へと滑り込ませていく。
「なんで!?なんでいきなりこんなっ!?」
今朝の股間は衣服を押し上げることもしない。本来あるべき男の象徴が今は見る影も無く、ただひっそりとアレがあるのみだ。
否定しようの無い現実に…つい自分が情けなくなる。
「こんなものがっ!」
女の勘所。男であったころさんざん苛め抜いてきた、大好きな部分だ。
だが今さらそんな情欲など起こるはずも無い。土足でズカズカと押し入り雄介の逆鱗を撫で回すだけである。
「こいつがっ!」
指先がぬめる秘部に到達する直前…
「お〜〜い!朝よお!早くおきなさい!」
階下から母親の呼ぶ声がした。
ビクッと固まるように動きを止める。
こんな朝でさえ一日は始まるというのだ。なんと残酷なことか。
自分以外の世の中はまるで今までどおり回り続けている事実に雄介は愕然とした。
自らの身体にこれだけの異常事態が起こっているにもかかわらず、今日も社会はいつもの朝をむかえるというのである。
まるで自分だけが取り残されてしまったような感情におそわれた。それは時を同じくして絶望へと瞬変する。
絶望は怒りをぶつけようとした下半身から浸透し、徐々に上半身の熱を冷まして…やがて涙となって目からあふれ出した。
とてもではないが学校などいけるものではない。今日は休もう、休む以外にどうしろっていうんだ!?
涙をぬぐう気すらなかった。だから突然の来訪にも対応できなかったのも当然だろう。
「もう!入るわよ!」
「わ!うわぁぁぁぁぁ!」
情緒に流され、階段を上ってきた母親に気づくのがおくれた。自室のドアをノックもなしに勝手に開けてくる。
「ちょっとまって!」
「なにがよ!あら?あららら?」
必死に乱れた服をただし、ふとんを目深にかぶる。見られた。明らかにこの女の身体をみられた。
「んもう!朝よ!起きなさいっていってるでしょ!」
「母さん…俺だよ…雄介…。その…わかる?」
涙声になってしまった。母にすがるように…必死で訴えかけた。
(母さん…!!)
自分をわかってほしい。たとえこんな身体になっても…せめて家族だけとは変わることのない朝をともにむかえたい。
そして…帰ってきた答えは間抜けなほどあっけらかんとしていた。
「なにいってんの?そんなの見ればわかるじゃない」
「かあさん、俺…、俺、女に…」
はぁ、とあきれたような母。
変わり果てた息子の姿などまるで気にも留めていないような様相である。
「ったく、朝からお盛んなのはいいけどね。起こす身にもなってちょうだいね」
「お盛んって、ちょっと母さん、俺、女になって」
「はいはい。確かに雄ちゃんは女の子だけど…、そう…すっかり“女”になっちゃってたのね…」
どうも相互の会話に若干の相違があるようだ。
いったいどういうことなのだ。すべてを悟ってくれたのか…?
いや、そもそも母の『うれしさ半分悲しさ半分』といった表情は…なんだか根本的に違う気がする。
「へ…?雄ちゃん?女の子?」
「まだ寝ぼけてるの?早く用意して降りてきてね」
それだけをいうとすぐに階下へと降りていってしまう。
階段へと姿を消す瞬間、母のつぶやいた「今夜は赤飯ね…」という言葉がわからなかった。
「お、おい。いったいどうなってんだ…?」
自分と同じく、世界がまるでいつもどおりでないことに少し安心してしまった。