『秘密』

9

 チョコレートを渡した時、彼は、「義理にしては大きいね」
 と言いました。もちろん義理なんかではありません。
 私は黙って彼を物陰に引っ張りこむと、顔を引き寄せ、唇を割って舌を入れました。キスと呼ぶにはあまりにも濃厚な淫技に目を白黒させている彼の耳元で、私は甘いホットチョコレートのような声で囁いたのです。「あなたが、欲しいの。セックスがしたいわ‥‥」
 押さえきれません。このまま廊下で服を脱ぎ、彼の上に乗っかりたいくらいに私は欲情しきっていました。
 この後、私は彼に何を言ったか憶えていません。
 私達は逃げるように学校を後にし、彼の家に行くのさえ待ちきれず、ホテルへと駆け込みました。私は部屋の扉を潜るが早いか、自分の服をなかば引きちぎるように脱ぎ捨てて下着姿になると、崩れるようにへたりこみ、彼の股間に顔を埋めました。
 座りこんだのは、腰から下の力が抜けてしまったからです。下半身は私の男としてのプライドなどお構いなく、早くペニスをと要求し続けていました。
 彼のズボンを脱がせた瞬間、男の匂いが‥‥私には出したくても出せないオスの体臭が鼻を刺激します。汗や分泌物が醸し出すえもいわれぬ香りに、私は陶然となりました。鼻から子宮に槍を突き刺されたような衝撃が走ります。
 汗臭さと牡の匂いがたまりませんでした。久し振りに味わうペニスを想像するだけで、私は軽く失禁してしまったほどです。
 恥ずかしくて、情けなくて、途方もなく高ぶりました。
 学校から場末のラブホテルへと直行し、体も洗わずに男のペニスを求める淫らな自分の姿に、私はパラパラに崩れ去ってしまいたくなるほどの屈辱を感じつつ、これは呪いのせいなのだと思いこもうとしました。
 しかし私の頭のスイッチは、完全に淫乱モードへと切り替わっていました。

 蕩けそうでした。
 まるで麻薬中毒患者のように震える手付きで、私は彼のトランクスを引きずり下ろしました。
 ペニス、ペニス‥‥ペニス! 頭の中はそれだけで一杯でした。
 私が求めてやまない、失ってしまった男性のシンボル。思わず私は、彼の股間に頬擦りをしてしまいました。彼の陰毛と硬くなり始めたペニスが私の頬に当ります。
 舌で亀頭のくびれをなぞると、瞬間的に固さが倍増して宙を向きました。幹から陰嚢にかけて、舌を這わせます。彼の呻き声が、ますます私の官能を増していきました。
 頭の中が沸騰し、脳がぞろぞろと蕩けて子宮へ落ちてゆくようでした。私は夢中で彼のペニスを口に含み、くるみの殻のような亀頭を舌と上あごの両方で味わうようにしながら、唇やほおの裏側まで使って吸いました。
 わずかに漏れ出る粘液には、既に精液の味が感じ取れました。次の瞬間、ペニスが膨れ上がったかと思うやいなや、私の喉奥に向かって激しい勢いで精液が溢れ出てきました。
 これだけで私は、あまりの気持ちよさに気が遠くなってしまったのです。
 粒すら感じられる濃厚な精液を味わいながら、頭のどこかではこれが最後なんだから、これくらいはがまんするしかないかと考える男の部分と、この濃さから察するとかなり長い間溜めていただろうから、まだたっぷり味わえる、嬉しいと考える女の部分が渦を巻き、ぐちゃぐちゃになっていました。
 ペニスから口を離し、呆然としている私を彼はシャワールームまで抱いて連れていき、最大水量で下着姿のままシャワーのお湯を浴びせかけました。
 甲高い喜びの声をあげ、私は続けさまに何回も絶頂を感じ、彼の脚にすがりつきました。そして毛深い脛に顔を寄せ、こう懇願したのです。「早く私を犯してください」
 ‥‥と。

 そのままシャワールームで、バックから突かれました。
 背中にはシャワーの水流が絶え間無く襲いかかり、彼のペニスによる刺激と鷲づかみにされたお尻の痛みと伴って私を狂乱に陥れます。
 体が燃える、溶ける! ‥‥本当に狂いそうでした。
 声が止まりません。悲鳴のような喘ぎ声を出しながら、必死に荒波に抗おうとしますが、彼の灼熱のペニスは、長い間セックスをしていなかった私の官能を枯れ枝に火を着けるが如く、易々と燃え上がらせたのです。大きさも太さも関係ありません。
 危険日だなんて、どうでもよくなっていました。
 自分を犯している男の肉体を心の底から愛しく思い、今までどこか冷めていた心が燃え上がりました。今までにおぼえた総てのテクニックを駆使して、彼を悦ばそうと全身全霊を尽くしたのです。
 彼が私の奥底へザーメンを注いだ瞬間、私は同時に射精していました。もちろんペニスなど無いのですから、幻覚です。
 私は長年忘れていた感覚に酔いしれました。
 幻覚の射精は止めども尽きません。次から次へと体の奥底から、十年あまりの間に溜まりきった、にこごりのような精液が出てゆくようでした。どうやら私はこの時、小水を漏らしていたようなのです。
 無重力になったかと思うと、次の瞬間、私は勢いよく大空へ放り投げられたかのような感覚をおぼえ、大きな声を上げてしまいました。
 私が、真の絶頂を知った瞬間でした。
 今までの絶頂は、これに比べれば小指の先程も無いちっぽけな満足感でしかありません。深い深い、真の悦びは、魂をもとろけさせる極上の蜜の味でした。
 彼は私の体を、背後から溶け合うほどきつく抱きしめました。私は彼を抱きしめられない空しさと共に、深い満足感と広大な海のような静かで深い快感を感じていました。
 射精してもなお固い彼のペニスは、敏感になっている私の性感を刺激し続けていたのです。

 上昇から一転して、落ちてゆくような逆の感覚に戸惑い、私は彼を振りほどくとバスタブに腰を掛けて彼の身体に抱きつき、背中に爪を立てました。彼もその姿勢で再び私に挿入しました。脚を絡めたためピストン運動ができなくなった彼は回転運動に切替え、私の中をかき回します。
 彼が動くたびに私は絶頂に達します。続け様に襲い来る絶頂に私の頭は爆発寸前でした。次第に肉体の感覚が失われてゆき、純粋な快感だけを感じるようになっていきました。
 気持ちいいのが、止まりませんでした。
 この時はもう、彼が何をしていたのかおぼえていません。
 ただひたすら彼にしがみつき、声にならない声を絞り出し、まるで脳だけが荒波の中へ投げ出されたようでした。頭を直接愛撫され、むりやり快楽の信号をペニスでねじ込まれているような圧倒的な快感が、私をセックスの大渦に飲みこんでしまいました。
 気がつくと、私はベッドの上で組み敷かれていました。彼は上におおいかぶさりながら、私の首筋を舐めていました。ただ舌先でなぞられているだけなのに、挿入されているかのような気持ちよさを感じます。
 私が意識を取り戻したのを察して、彼は上から退いてくれました。
 体は重いのに、気分だけは異様にハイになっていました。プールの中で手足を動かすようなねばっこさを感じつつ、私は彼にもたれかかります。汗の匂いと、男性の体臭が鼻からアヌスまで一直線に突き抜け、精液と私の体の匂いがまだ完全には引いていない快楽の残滓を活性化させます。
 少し照れたような彼の顔。
 愛しい‥‥。
 胸が高鳴ります。男なのに、私の心臓は早鐘を打つように高鳴っています。
 間違いない。彼が運命の人です。
 私の心は高校生時代へと遡っていきました。

 あの、運命の日。
 先輩も今の私のように感じていたのでしょうか。
 戸惑い。胸を焦がす焦燥感。そして‥‥情熱。
 私はシャワーを浴びに立とうとしてよろめいた彼のうしろから抱きつき、背中に顔を埋めました。
 一分、いえ一秒でも彼を離したくなかったのです。
 男性の、広い背中。
 身じろぎもせず、じっとしてくれている彼に体を預けていると、安堵で胸が一杯になります。
 私は、これが男に戻るための単なる儀式だということを頭の中からいったん、消し去りました。今、この時を心行くまで堪能したい。その想いが、体から溢れ出して世界中へと広がってゆくようでした。
 私の手に何かが触れました。
 それは、彼と私の体液で濡れた赤銅色のたくましいペニス‥‥。
 私はたまらず、前へと回ってそれを口に含み、顔を動かし始めました。口の中に広がる、苦くて甘い体液をすすり、知る限りのテクニックを駆使して、彼の形を熱さを口の中全体で味わいます。
 やがて口に広がる、豊潤な白い甘露‥‥。
 腰から下が溶鉱炉の中で溶けてしまったようでした。
 私は口の端から精液が垂れているのも気にせず、彼を押し倒しました。あれだけたっぷりと射精したはずなのに、彼のペニスはまったく硬さを失っていませんでした。
 それから何度、いえ、何十度目かの成層圏を突き抜けて宇宙まで行ってしまったかのような絶頂を感じたでしょう。度重なるアクメによる心地好い疲労で眠りに就く私は、ペニスを受け入れたまま彼の腰に脚を絡めて眠ったのです。
 疲れきるまで愛された充実感を感じながら‥‥。

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