『ピピピピ・・・』
目覚まし代わりに使っている携帯電話から、アラームの音が発せられる。
「ん・・・」
もぞもぞと動く気配。ベッドの上の毛布の塊から、一本の腕が伸ばされた。
その腕は枕元に置いてある携帯電話を掴むと、それを布団の中に引き摺り込む。
(眠いなぁ・・・)
まだ完全に眠気が取れている筈もなく、虚ろな意識のまま、浅人(あさと)はアラームを止めた。
(あー、もう時間かぁ…起きるのだるいなぁ・・・・・ん?)
そこで初めて、浅人は異変に気付く。
(この手・・・誰のだ?)
携帯電話を掴んでいるその指は、明らかに細かった。意識が朦朧としているためか、事態がはっきり掴められない。
暫く呆けていた浅人だが、布団から顔を出した。とりあえず体を起こす事にしたようだ。
「う〜、寒い・・・・・あれ?」
そこで、第二の不思議発見。
声が変である。いや、正確に言うと、声が高い。自分の声はもっと低い、男の声だった筈だ。
これではまるで、女のような───。
「・・・・・・」
妙な違和感がして、浅人はベッドから飛び出した。そして、すぐさま部屋にある姿見の前に。
それは、予想だにしない形で浅人を驚かす形になった。
「・・・・誰だ?」
そこに立っていたのは、女の子だった。長く伸びた黒髪。可愛いが、何処か挑発的な容貌。
二回り近く縮んだ身長。寝巻はブカブカである。ふっくらと膨らんだ胸。きゅっと締まっている腰。
間違いない。だが、これは・・・。
「・・・女になってる・・・」
衝撃を通り越して、何がなにやら判らなくなっていた。
鏡の前で固まる事数分。突然扉が開いた。
「浅人、起きてる・・・の?」
いつまでも起きてこない浅人を不思議に思ったのか、母親が入ってきたのだ。それに反応した浅人は素早く振り向く。目がばっちり合った。
「・・・あの・・・どちら様でしょうか?」
慌てる、というよりは混乱気味な母の質問。それに、浅人はどう声を掛けていいか判らなかった。
「・・えっと・・・とりあえず、俺が浅人・・・なんだけど・・・」
しどろもどろ、とは正にこの事だろう。自分自身でもよく掴めていない状況を、他人にどう説明すればいいのというだ。
「・・・え、浅人?」
見知らぬ女の子の言葉に、我を失いかけてる母親。
「お母さん・・・俺、女になっちゃった・・・」
それが、決定打だったのだろうか。母親はその場に倒れてしまった。
「あ、お、お母さん!」
浅人は慌てて抱き起こし、自分のベッドに寝かせる。やけに重く感じるのは、母が重い所為ではない。
(お母さんは気が弱いからなぁ・・・)
等と、呑気な事を考えている暇はなかった。浅人は再び鏡の前に立った。
そして、そこに映し出されたのは、やはり女子であった。
「嘘だろ・・・漫画やアニメじゃあるまいし」
改めてその姿を観察する。昨日までのあの筋肉質な自分は何処にも居ず、華奢、とまではいかないが、細い体がそこにある。それに反発するように、割と大きめな胸が自己主張している。
坊主だった頭には、ともすれば鬱陶しいともとれる程ボリューム感のある髪がある。
よく見ると濃い青色のようだ。
その髪を軽く引っ張ってみると、しっかりと頭にくっついているのか、痛覚を刺激した。
「・・・マジ、なのか・・・」
力無く、その場に座り込んでしまう。こんな事あり得ない。では、今のこの状況は何だ?
常識なんか通用しない。夢でもない。幻覚でもない。
夢であれ。すぐ治れ。大丈夫だ、これは只の錯覚だ。
でも、もしこのままだったら?俺はどう生きていけばいいんだ?
望んでもいない、頼んでもいない。何の因果か知らないが、女にされて、俺はどうしていけばいいんだ?
驚きは恐怖へと変わっていく・・・と、ここで浅人の頭の中に一つの考えが流れ込んできた。
まさしく電波受信である。
「・・・ひょっとして、これっておいしい?」
そう呟いた瞬間、浅人の中から笑いの衝動がこみ上げてきた。
さっきまでの感情の揺らぎはどこへいったのか。発想の転換は気分の転換、とでもいうのだろうか。
「クックック・・・この姿のまま登校すれば、あいつ等驚くだろうな・・・。
朝起きたら女になってたなんて、本当にあるとは誰も思わないだろうし・・・」
その姿は、美少女には似合わない程、笑いのオ−ラに包まれていた。
喉を鳴らし不敵に笑っている浅人。目先の問題など頭の片隅にもなく、未来に起こりうる情景を思い浮かべては、笑い続けているのであった・・・。